思い出

実家の大掛かりな片づけをはじめた。

涼しくなってきたので、ずっとやろうと思って後回しになっていた片づけに着手
…といってる間に年が変わっちゃったのだけど。
あ、あけましておめでとうございます。

不用品を捨てたり売ったり。
前回がいつだったのか記憶はないが、モノたちの片づけられ方を見る限り、おそらく第1回のアメリカ帰り、つまり2002年なのだろう。
異国で出会ったモノたちとの思い出がまだ鮮明だった頃。

それから約20年。
私のモノの見方、思い出し方、思い入れなどが変わり、手放す基準も変わった。
というわけで、ま、要するにばしばし、ぱっぱぱっぱ片づけていく。

初期のアメリカ暮らしを起点に、自分の人生をさかのぼる。
大学時代のテニス道具に一人暮らし用品、高校時代のCDやライブグッズ。
中学時代の漫画道具、小学生の頃の漫画、キーホルダー、ゲーム、幼児期のおもちゃやお人形…などなどなど。
懐かしいモノ、すっかり忘れていたモノ、完全に謎なモノ、よく覚えているモノ。
人に歴史あり、よねぇ。

全時代を通じて出てくるのは大量の手紙。
もちろん私が書いたものはないんだけど、きっとそれぞれの時代にもらったのと同じような手紙を私も書いていたんだろうと思う。

やっと文字が書けるようになった頃のやりとりでは、みんな「書ける」ということがうれしそう。
おともだちの皆さんにとって「え」は難度が高いらしく、にょろにょろが多くなりがちで、かわいい。
「おひるからいくからまっててね」「きょうもこうえんであそうぼうね」など、まるで即時受発信のような要素がある。

幼稚園に入ると目立つのはお誕生日会のお誘い。
男の子からのもあったのは意外。
Kくんの「ぼくのいえにきてね」がママの代筆なのはなんでだろう。
今度会ったら聞いてみよう。

小学生になり、特に高学年になってからは量が激増。
私にもちゃんと女子っぽい活動してた時期があったんだね。
印象深いのは、小6の長期入院中、隣の部屋に“住んで”いたお姉さんとのやりとり。
当時高校生で、バイクで事故って入ってたんだっけ。
便箋の折り方はお姉さんに教えてもらった。
飲み残しらしい薬が同封されてたり。あかんやん。

お互い動けるようになってからは毎日会っておしゃべりしてたなぁ。
ご家族とは縁が薄いらしく、お手伝いさんがお世話をしてたけど、仲間や彼氏には愛されていた。
大人の世界で、いつもと違う顔をするお姉さんを見て、なんとも言えない気持ちになったことを思い出す。
きっと今もかっこいい姉さんだろうな。

中学生は手紙ブーム。
毎日学校帰りに何時間もしゃべってる友達と、さらに手紙を毎日交換してた。
「書くことない」とか書いてるもん。
アホやなぁ。

高校生以降は恋愛や進路、人間関係の相談など、重め、厚めなものが増える。
「この前は長電話になっちゃってごめんね」とか。
あいかわらずね。

後輩や友達からの手紙には「これからも、あの言葉を思い出してがんばります」とか、「あのとき言ってもらったとおり…」とかが多くてビビる。
ななな何を言ったんだろう。
忘れてください。

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