「看護の日」に、去年のことを思い出す。
父の入院初日は、偶然にも私の一時帰国初日と重なった。
その夜は空港から直接病院へ向かおうとしたが、父の指示を受け、自宅で母のケアをすることに。
そして翌日から3ヶ月あまりの間、毎日、さまざまな面で看護師さんたちのお世話になった。
最初のうちは、こちらがわからないことだらけということもあり、看護師さんたちとうまくコミュニケーションがとれなかった。
質問してもなかなか答えがもらえないし、答えてもらえるとなると説明がやたら長かったり、雑談のような立ち話につかまったり、気をもむことが多かった。
しばらくすると、ナースステーションのシステムや、看護師さんの個性が見えてきた。
こちらも病院通いに慣れ、質問したりホットタオルを頼んだりするタイミングがつかめてきた。
父は人に対する好き嫌いを隠さない人なので、母も私も、その日の担当看護師の“当たりハズレ”がすぐにわかった。
ただ、父の好みと、母や私の好みは一致しないことが多く、父が不機嫌にしていても、私と母は「いい看護師さんなのにねぇ」と思うことがあり、その逆もあった。
男女の目のつけどころの違いかしらね。
アメリカへ戻る日には、スーツケースを引いて病室へ向かう前にナースステーションに寄り、父にハグしていいか尋ねた。
看護師さんは「ハ、ハグですか?」というような反応だったが、医師に確認してくれることになった。
「大丈夫だったら後で知らせてください」と言い残して立ち去り、手を洗って病室に入ろうとすると、廊下の向こうから看護師さんに呼ばれた。
頭の上に両手で丸をつくり、満面の笑みで「ハグ、OKですー!」。
その看護師さんには、病室で家族写真を撮ってもらった。
諸々を片づけて、“国際とんぼ返り”を終えて帰ってきた頃には、看護師さんたちと私の関係はすっかり良好になった。
治療方針などを決める医師とのミーティングでは、その日の担当看護師さんが医師に「私も参加していいですか」と申し出て、3人で話し合うことが多くなった。
あるときは、ミーティング後、看護師さんに「少し残ってお話してもいいですか?」と呼び止められた。
医師が「私も残りましょうか」と言うのを、看護師さんが「いえ、先生はお戻りください」と断った。
なにごとかと思ったら、2人きりになったところで、看護師さんが私に、まぁいわばカウンセリングのようなものを提供してくれた。
「1人で抱えないで」と言いながら、看護師さんは泣いていた。
「この病院に入院できて、本当によかったです」と伝えた。
この前後ごろ、看護師さんたちの間で「あそこの娘をケアしよう」という申し合わせがあったのではないかと思う。
廊下でも洗面所でも、よく呼び止められた。
検温などを終えて病室を出た看護師さんが、カーテンの向こうから「あ、娘さーん、ちょっとタオル取りに来てもらえます?」とか言って、私を連れ出すこともあった。
その大根役者っぷりに私は笑いそうになっていたし、「絶対バレてるでしょ」と思っていたけれど、父も母も、意外と気づいていないようだった。
おかげで、私の方は食事その他の気をつけることなど、日々刻々変わる情報を看護師さんから得ることができた。
母のことも、とても気遣ってもらった。
父と母は、看護師さんたちの間で「ラブラブ」と言われていることを知った。
父の機嫌が悪いある日には、廊下ですれちがった看護師さんに声をかけられて立ち話になったついでに、「やりにくい患者ですみません」と言った。
すると看護師さんはにっこり笑って、「まぁ、こういうときは本性が出るんですよ」。
「いえいえ、そんなことないですよ」を期待していた私はやや慌てて、「いや、あの、父は本来はやさしい人でして…」と弁護した。
実際、父は母と私には一度も苛立ちをぶつけなかった。
よくしゃべり、よく笑い、私たちの言うことを素直に聞き、感謝をはっきり言葉にしてくれた。
薬は忘れずに飲み、食事やトイレなどの各種記録はきっちり書き残し、父は終始一貫、とても優秀な患者だった。
ただ、プロ意識が高いというか、仕事の出来不出来には厳しいのよね。
父は、顔なじみの看護師さんとは気さくにおしゃべりしていた。
ある日の点滴前、いつものように名前と生年月日を聞かれた父は、答えのあとに「これで101回め」と言った。
看護師さんが「えぇっ、入院してからずっと数えていらっしゃったんですか?」と驚くと、父はうれしそうに「じょ〜だ~ん」と言った。
私の友人たちがアメリカから送ってくれたカードを見つけた看護師さんに「すごい、英語できるんですか?」と言われると、「いやいや、私は全然」と照れていた。
結婚記念日のバルーンは、「看護師さんにいちいち『これ、どうしたんですか?』って聞かれて、説明するのが面倒くさいや」と照れていた。
でも、背もたれクッションのときは、「今日また看護師さんに『これ、いいですねー』『はじめて見ました』って言われたよ」と自慢げだった。
「いつも娘さんのお話をうれしそうにしてくれますよ」と、こっそり教えてもらったこともあったな。
最後の電話を私の携帯にかけてきてくれたのは、その前の週末に一時退院の手続きを担当した看護師さん。
病室を片づけ、夕方、廊下で会ったとき、私の顔を見るなり涙をポロポロこぼされた。
翌週、挨拶にうかがったときは、ナースステーションから何人かの看護師さんがすぐに出てきてくれた。
私や母のことを心配してくれていた。
看護師のみなさん、Happy nurse day!