サイシュアルー

新幹線の中で聞いた謎の呪文のこと。

西から東へ向かう比較的静かな車内で、通路をはさんだ斜め前あたりから、話し声が聞こえてきた。
姿は見えないけど、お母さんと女の子。
最初のうちは、「おばあちゃん、だいすきー」「もう一回」などとやっていたから、おばあちゃんちからの帰り道で、新幹線に乗ったことを伝えつつ、動画を撮っていたのだと思う。

そのうち、女の子が「もう降りたい」とぐずりだした。
長旅だもんねぇ。
お母さんは伝家の宝刀、「じゃんけんしよっか」を抜く。
女の子の機嫌はたちどころによくなった。

エンドレスに続くじゃんけん。
女の子は興奮して声が大きくなり、お母さんに「しー。ちっちゃい声で」と注意されたりしていた。

それはいいんだけど。
この女の子がじゃんけんの直前に言うかけ声みたいなのが、私は気になってしょうがない。

「サイシュアルー、じゃんけんぽい!」

完全に「シュ」言うてるやん。
そして完全に「ルー」。
何度聞いても、そして大きい声バージョンやゆっくりバージョンを聞いても、完っ全に「サイシュアルー」。
さては、唱えるとじゃんけんがはじまる、便利な呪文だと思ってるな。

これが一般的なかけ声と似て非なるものであることに、彼女はいつごろ気づくのだろう。
おにいちゃんがふざけて「パー」を出したときだろうか。
いや、それは逆に問題なくスルーしてしまうから、発覚せずだな。
幼稚園か学校の友達に、「ルーじゃないよ」と言われたときだろうか。
そんな微細な違いを見つけられる友達はめったにいないだろう。
“正解” を文字で読んだときだろうか。
「それとこれとは別」と思って、気づかないかもな。

いずれにしても、彼女はいつか気づくのだろう。
「あぁぁ、あの“サイシュア”は“最初は”で、“ルー”じゃなくて“グー”で、しかも呪文じゃなくて、ちゃんと意味のある言葉だったのか!」と、驚くやらスッキリするやら恥ずかしいやら、いろんな変化が一挙に起きるのだろう。
おかあさんに「んもー!なんで教えてくれなかったの!」と抗議して、「えぇぇ?間違ってるなんて思いもしなかった!」と言われるのかな。

人はそうやって、つまんねーヤツになっていくんだな。

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