“husband”を日本語に訳す難しさについて。
日本語の人称表現(私、あなた、など)は他の言語に比べて種類が多いと聞く。
たとえば自分のことを言うとき、話し手が「私、僕、俺、うち」などの中からどれを選択しようと、基本的に自由。
自由なんだけど、それぞれの呼び方には個性があるので、実際の人物のキャラや相手との関係性、場面に合わないものを選ぶと違和感を生むことになる。
だから、場に応じて呼び方をちょいちょい変える。
ウチとソトの感覚がごく自然に、さらりと織り交ぜられている。
それでいて、人称はかなりの頻度で省略される。
バリエーションは豊富なんだけど、少なめがちょうどよくて、自由なようでがっちり制限されている。
「欧米語の人称代名詞にあたるものは、日本語にはない」とさえ言われる(参照)。
親族名称もややこしい(参照)。
外国人向けに書かれた、「配偶者をどう呼ぶか」という記事があった(参照)。
困っている人、多いのよ。
なんでいまさらこんなことを言い出したかというとだね。
あるアメリカ人のゲイ男性について紹介する中で、”his husband”が「旦那さま」と訳されていたのに引っかかりを感じたのだ。
違和感の原因は、たぶん、率直に見た目から来るものだろう。
筋肉質で大柄な彼と対等な関係を築いている家族をつかまえて、「旦那さま」って。
類語の「ご主人(さま)」にしても、やっぱりおかしい。
“my husband/wife”なら、男女問わず「夫」「妻」でいいんだよね。
このトークを訳したとき「自分の話で助かった」と思ったもん。
じゃ、”his husband”や、男性に向けての”your husband”は、どうするか。
どうやら今のところは「パートナー」に逃げるしかなさそう(参照)。
でも、partner と husband は別のもの。
日本語の呼び方がないというだけの理由で、勝手に変換して、”husband”を選択している彼らの意思やプライドを無視してはいけないと思う。
もちろん同じことは”her wife”にも言えるし、実は”her husband”にも”his wife”にも言える。
実際、「主人」「嫁」などの呼び方・呼ばれ方に反対の人はいて、ずいぶん前から問題提起されている。(参照1 参照2)
「夫さん」「妻さん」という提案もあったようだけど、一般に受け入れられているとは言いがたい。
私は your/his/her spouse を「名前+さん」で呼ぶことが多く、場合によって「結婚相手の方」を使うこともある。
それで不便はないけど、ちょっとアメリカ帰り風というか、日本的じゃないんだよな。
もっと短くてバチッと合う語を、日本語のセンスが高いどなたかに発明してほしい。
ほら、カップルに対しては「夫夫」「婦婦」(どちらも「ふうふ」)と呼べるじゃん。
そういう、うまいやつをお願いします。
「”his husband”の訳語」という切り口でなら、ジェンダー系の、感情スイッチに触れずに行けそうな気がするよ。
あくまでも「外国にあって、日本にない概念」というテイで、さ。
本当はそうじゃないんだけど、ま、いいじゃないの。
単純に、あったら便利なんだから。