回転寿司の英語

回転寿司のお店で、日本の英語を観察する。

日本で、久しぶりに回転寿司のお店に行った。
テーブル席を選んで、流れてきたものを取ったり、タブレット(「タッチパネル」というらしい)で注文したり。
おなかが満たされたところで、タブレットが多言語対応になっていることに気づいた。

「日本語」のアイコンの隣に、「English」、その隣はたぶん「韓国語」、で、「中文」。
日本語以外は英語しか読めないので、「English」に切り替えてみる。

ほほー。
英語、上手じゃーん。

ちょっと前までスタンダードだった、「気持ちはわかるけど…」的な英語風文字列と比べると、明らかに英語らしくなっている。
“おもてなし”の効果は絶大だねぇ。

ざっくり見る限り、この翻訳の舞台裏には、日本語ネイティブで、英語をしっかり勉強していて、慎重に調べ物ができるタイプの人がいるように思う。
あと一歩、たとえばこの人がもう少し母語話者目線で英語を見る習慣をつけるか、日本語をまったく知らない英語ネイティブにチェックしてもらうかすれば、ほぼ完璧だろうな。

「母語話者目線で英語を見る」というのは、まぁ要するに、「英語を母語とする人にとっての“言うまでもないこと”と、“言わなきゃわかんないこと”を知る」ってことかな。
2×2のマトリックスを作って、タテに「日本語ネイティブにとっての当たり前」と「当たり前じゃない」、ヨコに「英語ネイティブにとっての当たり前」と「当たり前じゃない」を置いて分類したとき、「日本語ネイティブにとっては当たり前で、英語ネイティブにとっては当たり前じゃない」の箱に入った項目を大事に扱うこと。
これを、というかこの感覚を身につけて英語を使うと、“おもてなし”的に満点が出せるようになるだろう。

少し詳しく解説しておくと、「(日)当たり前 ×(英)当たり前」は、たとえば「寿司は日本の食べ物です」みたいなこと。
「寿司屋に来ている客に対して、この説明は要らないな」と思うから、そもそも書いてないし、訳されない。
外国人にとっても、この説明はナシでOK。

「(日)当たり前じゃない ×(英)当たり前じゃない」は、翻訳者は「訳さなきゃ」と思うし、外国人にも必要な情報。
「この店のマグロは~から直送されています」とかね。

「(日)当たり前じゃない ×(英)当たり前」は、翻訳者の「訳さなきゃ」が、意外と外国人にとって必要じゃない場合。
日本語ネイティブがドヤ顔なのに、英語ネイティブが「いや、普通だし」と流しちゃうようなことね。
たとえが難しいけど、そうねぇ、「サビ抜きできます!」とかかしら。
ま、親切過多・情報過多は日本中によくある現象なので、別に訳しすぎても殊更にがっかりすることはないし、外国人側も気にしないでしょ。

で、ここで取り上げているのは、「(日)当たり前 ×(英)当たり前じゃない」。
原文に書いてなかったり、書いてあっても翻訳者が「要らない」と判断したりして、外国人が「???」となること。
「ごはんの酢は強めです」とかかなぁ。

今回のタブレットで見つけた例だと、”deep-fried cartilage”。
焼き鳥屋さんならいいんだけど、お寿司屋さんなので、”chicken”は「(英)当たり前じゃない」と思う。

この「当たり前か、そうじゃないか問題」は、実はいわゆる機械翻訳 vs.人間の第二言語学習問題の最終課題になってくる。
人工ニューラルネットワークにせよ、ディープラーニングにせよ、もうすぐやってくる“AIネイティブ”世代の英語教育を考えるヒントにもなる。
「スマホがあるから、英語は勉強しない」という正当な選択肢に対して、センセイ方がどう応戦するか、ね。

ところで「日・英・韓・中」の4言語の翻訳を用意する中で、英語は圧倒的に分が悪い/難度が高い。
英語は、母語話者の文化圏が広すぎるから、たとえばヨーロッパ、北アメリカ、アジア、オセアニア、アフリカのどこの英語に寄せて翻訳したらいいかが決まらない。
そのうえ、他の3言語が主に母語話者(例:日本人、韓国人、中国人)によって迷わず選択されるのに対し、英語は非母語話者(例:イタリア人、ペルー人、セネガル人)によって消去法で選択される場合が多すぎる。
そういう超難しい状況の中、どこに落としどころを見つけて「日本の外国人向け英語」を作っていくか。
議論できる人材が増えるといいよね。

いや、それにしても回転寿司の英語の成長っぷりは大したもんだ。
“deep-fried cartilage”にしたって、たぶん以前なら “nankotu age”、ちょっと頑張っても “cartilage fry”ぐらいだっただろう。
よくがんばった。
“deep-fried cartilage”まで来れば、ミステリアスな揚げ物であることは間違いなく伝わるもんねぇ。
十分だよ。

こうして外国人は食べたいものが食べられ、外国語が苦手な店員さんの負担は激減しました。
やがて優秀な翻訳機が庶民の手に渡るようになり、東京オリンピックが終わり、日本の英語熱はすっかり冷めましたとさ。
めでたし、めでたし。

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