あとから思うと、あの日はとてもツイていた。
学会最終日のその日は予定より1時間早く出勤。
前日の私の発表にわざわざ来てくださったK教授の発表を聞くためだった。
なにしろ私は全日程、一日中部屋付きなので、他の人の発表を聞きに行くチャンスはないものと思っていたのだが、たまたまこの日は私が担当する部屋の朝イチのコマに空きがあり、さらにたまたまK教授の発表がその時間帯に入っていることがわかったのだ。
疲れがたまってきている土曜日の朝、1時間の寝坊は魅力的だけど、せっかくの機会なので伺うことにした。
直接会場へ向かってもよかったのだが、少し時間があったので会場設置用の水の在庫を確認しつつ荷物を置きに、スタッフのたまり場になっている受付に寄る。
デスクにはC、L、Aほか数名の姿が。
「おはよー」と声をかけると、Cが険しい表情で「emi、今あなたに電話するところだったのよ!」と言う。
「ほう、なんで?」と聞くと、「あなたが担当する部屋の建物が、ロックされていて入れない」。
そう言われて気づいたが、LもAも明らかに焦っているし、テクサポートらしき男性が電話を手にやや苛立っている。
このピリピリしたムードの中、私だけがやけにのんびりしている。
「ふーん、でもまだ1時間あるでしょ?」と言うと、Cは「ノー!あと数分しかないわよ!」。
「いやいや、あの部屋の最初のセッションは9:30だよ」。
すると皆が一斉にプログラムをめくり、「…本当だ」となった。
ピリピリムードは一瞬にして溶け、Cはいつもの柔らかい表情に戻り、「ごめん」と言った。
いやいや、みんな疲れているし、朝は特に余裕がないからしょうがない。
後でわかったことだが、この数分前に電話が入って受付はパニックになっていたのだ。
9:30の発表者が勘違いして1時間早く会場に着き、慌てて「入れない!」と言ってきたことにスタッフ側が慌て、「あの部屋の担当者は誰だ?」「emiだ!」となって連絡しようとしたところへ、当の本人がのんきに「おはよー」なんて現れたので、ピリッとしちゃったわけ。
私の方はそんなこと知らないしね。
もし前日にK教授とお会いしていなければ、他の部屋の発表をチェックすることもなく、私はまだ家を出てもいなかった。
もし私が受付に寄らず直接発表に行っていたら、Cたちは私の携帯にガンガン連絡するも電源オフで、イライラが増幅していただろう。
よかったよかった。
そんなこんなで一件落着し、目的の発表へ。
この会場の担当であるHの隣が空いていたので着席。
ふと部屋の隅に目をやると、ペットボトルがずいぶんたくさん残っている。
すでに在庫は切れていたので、今日の会場は水ナシを覚悟していたが、Hに頼んで分けてもらえることになった。
この部屋に来て、この席に座ってよかった。
ペットボトルを抱えて建物を移動し、担当の部屋を解錠、コンピュータやモニターの準備をする。
まもなく発表者の女性教授が現れ、雑談する中で「今朝、開始時刻を間違えちゃって…」という話を聞き、事の顛末を知る。
聴衆が部屋に入ってくる中、Z教授の姿を発見。
彼とはこの学会で初めて会ったのだが、私が担当していた部屋でのセッションでチェアをされて以来、なんだかとてもよくしてくださる。
「またお会いしましたね」と立ち話。
で、急に、ふと思いついて、Z教授に尋ねてみた。
「このセッション、チェアがTBDでして、私が代理をしなくちゃならないのですが、もしよろしければお願いできませんか?」
Z教授は「もちろん。光栄です」と快く引き受けてくださった。
というわけで私はチェアをおまかせし、会場管理に専念。
総指揮官のMから「そっちはどう?大丈夫?」とメッセージが届いていたので、「大丈夫だよ」と返事をしつつ、セッションが進むのを見守っていた。
最初の発表が終わり、質疑に移った頃、次の発表者H教授が会場入り。
「自分のパソコンを使いたい」ということで、Z教授に「頼むよ」と耳打ちされた。
そりゃまぁ会場設置のを使うよりは手間だけど、モニターにつなぐだけなので、別に大したことじゃない。
Mから「会場のスペース的にどう?」というメッセージが届いたので、「だいぶ混んできたけど、まだ大丈夫だよ」と返す。
質疑が終わり、H教授のパソコンをつないで、発表が始まった。
いつのまにか会場は満席。
主催者である師匠もお出まし。
自分の席に戻り、Mから「受付からヘルプとしてHをそっちへ送る」「開始を2-3分遅らせた方がいいかも」などとメッセージが届いているのに気づく。
そうこうするうちに聴衆はどんどん増え、私も自分の席を譲ったがまだ足りず、ドア付近まで立ち見が出る状態に。
あら、H教授、大物だったのね。
あぁ、それで「大丈夫?」とか「頼むよ」とか言われてたのか。
知らなかったとはいえ、こんなセッションでチェア代理するところだった。
あっぶねー。
というわけで、よかったよかった。