『ライフロング・キンダーガーテン』

『ライフロング・キンダーガーテン:創造的思考力を育む4つの原則』を読んだ。

原著はこちら
今回はわけあって日本語版。
なのだけど、翻訳が…うーん。
直訳調にした特別な理由があるのかもしれないけど。
それこそ「補完」(p.170, p.289)を発動させて、英語の文章を書き慣れている日本語母語話者や、日本文化をよく知るアメリカ人などの力を借り、英語やアメリカに詳しくない読者にとって「低い床」(p.118)となるような提供の仕方を選ぶとよかったんじゃないかな。

というわけで、英語が読める人は、ちょっとがんばってでも原著を読むことをオススメします。

内容については、とても上手にまとめられた日本語のレビュー(参照)がすでにあるので、そちらを。
奇しくも先日、文科省(参照)と経産省(参照)からいわゆる“新しい学び”についての報告が出たところだけど、このあたりのことに興味がある人にはするする読めて、明るい気持ちになれる本だと思う。
ま、つまりは日本語版を出版するタイミングとして大変ふさわしいということよね。

帯にも「新しい教育論」とあるので、少なくとも日本向けにはそこが売りなんだろうけど、個人的に新しさはなく、むしろ「大事なことなんだから、いろんな場で、いろんな人の口を借りて繰り返し聞こえてくるのは当たり前」という感覚で読んだ。
そして、「とてもシンプルで、見えている人にはそうとしか見えないことほど、いとも簡単に誤解・曲解されてしまう」という、いつものモヤモヤを抱えながら読み切った。
もちろん日本人の英語学習に絡めて。
そもそもレズニック教授ほどの人物がこんなに噛み砕いて、おそらくは極力マイルドに表現を工夫して、「こういう類似品が出回ってますけど、あれはここがこう違うのですよ」と言い含めなくちゃならないということ自体、「教育を伝える」ということの難しさを物語っている。
みんなが自分の成功または失敗体験だけに基づいて一家言をもち、教室や家庭でそれなりに実践し、持論や仮説を肯定する“根拠”だけを集めて自信を深め、疑ったり別の見解を探ったりする必要性を感じないという点で、教育ほど人々の中に深く浸透して変えにくいものは他にないんじゃないかと思う。

以下、読み進める中で私がちょっと立ち止まって考えたところ。

パズルは、コーディングの基本的な文法や句読点を学習するためにはうまくいくかもしれません。しかし、自分を表現する方法を学ぶのには役立ちません。(p.93)

これなぁ。
「文法を習う→それを使って文を作る、穴埋め、並べ替えなどの機械的な作業=英語を学ぶこと」、そして「その作業を高速化していくこと=英語ペラペラ&スラスラ使うこと」と信じてがんばる日本人学習者たちのことを思う。(参照
いわゆる“クリティカル・シンキング”対応にしても、「AかBかを選んで“主張”とし、根拠をはさんで、“主張”へ戻ったら、できあがり♪」というレシピどおりに進むと、高得点がゲットできる、あのシステム。
「そういうパズル的な活動が、英語学習なんだ」と思い込まされている。
このあたりの、いわばハリボテな学びについては何度か触れているが、また今度改めて書くことにしよう。

子供たちが、デジタルテクノロジーを使って自分自身を表現し、コーディングを通じてアイデアを共有することを学んだならば、彼らは新しいやり方で自分自身を眺め始めます。彼らは、社会に積極的に貢献する可能性を考え始めます。自分自身を未来の一部として考え始めるのです。(p.98)

「デジタルテクノロジー」を「英語」に、「コーディング」を「異文化間コミュニケーション」に。
英語を使うことが自らのアイデンティティに与える影響については、インタビュー(参照)でも語られているし、イベントQA #2-3.(参照)#3-2.(参照)#4-2.(参照)などにも。
そうそう、このQAについても書こうと思ってて忘れてた。

教師や教育関連書籍の出版社は多くの場合、学びをより簡単にしようとしています。子供たちが「物事が簡単であること」を望んでいると考えているからです。しかし、それは間違っています。(pp. 128-9)

日本の英語教育ビジネスにおいて、「ほら、簡単なのがお好きでしょう?」と持ちかけられる対象は子供たちだけではない。
学習者をバカにしたり、弱みにつけこんだり、脅しをかけたりする教材やサービスを見かけることはあいかわらず多く、毎回本当に腹立たしい。
「本人が満足して、楽しんでるんだからいいじゃん」という開き直りも、なんとかしたい。

多くの人にとって、クリエイティブなプロジェクトの開始時に示される空白のページ(または、空白のキャンバスや空白の画面)よりも恐ろしいものはありません。(p.147)

これはつまり、「どこまで手をかけ、どこから手放すかを見極める」という話。
個人差も、文化の差も大きいところだと思う。
たとえば私の研究に使った英語会話プロジェクトの場合、アメリカ、アジア、ヨーロッパ、日本の大学生が参加するにあたり、快適な「空白」の量はそれぞれに異なっていたと思われる。
同じ量の説明や指示が、ある場面では「丁寧でありがたい」と受け入れられ、別の場面では「やりすぎで窮屈」となり得る。
結局のところ、一人ひとりが見えているかどうか。

推奨された学習戦略のリストを読むことにも価値はありますが、自分自身で学習戦略を立てることが、さらなる価値をもたらす場合もあります。あなた自身の学びの在り方に注意を払い、あなたのために何が役立つのか(そして、何が役立たないのか)を見て、今後どのように学習を進めるべきかを生み出してください。(p.281)

自分を知ること、自分に合うものを探すこと、合っている方法に磨きをかけること、たまにはあえてまったく違う方法を試すこと。
そのお手伝いをするために、日々コーチング・セッションをやっているのだよなぁ。

私が「英語教育」と言うとき、「教育」は「英語」よりずっと大きなフォントで、太字で、下線がついている。(参照
「プログラミング教育」も、そうであってほしい。

ミッチェル・レズニック, 村井裕実子, 阿部和広. (2018). ライフロング・キンダーガーテン:創造的思考力を育む4つの原則.(酒匂寛・訳). 日経BP社.

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