Mountain Day

イマドキの日本には「山の日」があるらしい。

15年前、はじめてアメリカに住み始めてひと月あまりが過ぎた頃、Mountain Dayという日があることを知った。
私は大学で働き、キャンパス内の寮に住んでいたのだが、その日は全校休講だと聞かされた。
もちろんシラバスにも、その日が休みであることはすでに記載されていた。
で、「みんなで山に登るんだよ」と言われた。

遠い国の都会からやってきた私は冷ややかに、「そりゃまぁ休みの日に山登りをする人はいるだろうけど、いくら山の日だからって、“みんな”が登ったりはしないでしょ、カッコ笑い」と思っていた。
違った。
その日は大学じゅうの“みんな”が、おそらくは街じゅうの“みんな”が、実際に山に登るのだった。
前夜祭的なイベントがおこなわれ、当日早朝には山にまつわる音楽が流れ、日の出の頃にはもう山頂にいる人もいるようなことを聞いた。
「いやいや、山登りなんて。普通に行かないよ?」という態度だった私も、友人たちに説得され、確か昼過ぎにしぶしぶ、初心者向けのゆるいコースを登ることになったのだった。
山では下山する知り合いに次々と出くわし、「いま来たの?どうしたの。遅かったねぇ」などと声をかけられた。

当時は今ほどすぐ検索する習慣がなかったし、おそらくネット上の情報もそう豊富じゃなかったので、うっかり「アメリカにはこんな祝日があるんだ」「アメリカ人は“山の日”と言ったら本当に山に登るんだ」と思い込んでしまいそうな勢いだった。
誤解せずに済んだのは、3年めの留学生に「これ、この街だけの伝統だからね。自分も最初はアメリカ国民全員が山に登ってるのかと思っちゃったけど、違うからね」と言われたおかげ。

この“祝日”そのものについては、他の地域でもないわけじゃないようだが(参照)、カレンダーに載る行事であることや、学生や職員や街の人々“みんな”が山に登るというのはやはり特殊らしい。
詳しくは、大学のサイト(参照)や「全米おもしろ大学情報集」(参照)で紹介されているとおり。

考えてみると、あれがいまの私のアメリカ観の基礎となっているのだろう。
2001年。
入国して数週間で9.11が起き、母国と異国の距離を本当の意味で理解し、この国の人種や宗教の本当のところを垣間見た。
Mountain Dayはその翌月のことだった。
都市と田舎の違い、教育レベル、社会・経済的階層、コミュニティ、文化全般について、急に視界が開け、点と点がどんどんつながっていくような感覚があったように思う。
私はアメリカに来て日の浅いうちに、アメリカの、実は多くを占めるとてもアメリカ的な現実を、ぎゅっと凝縮して目の前に突きつけられていたのかもしれない。

私はもともとアメリカについてろくに下調べもせず、興味もなく、流されるまま辿り着いてしまったから特に葛藤もなかったけど、もしマンハッタンやワシントンや、あるいはハリウッドやシリコンバレーやNASAからアメリカを知って、何かしらの好感や期待を抱いて来ていたら、私の初期のアメリカ体験はなかなかショックな出来事だったんじゃないかと思う。
15年後の今と比べると、それでも当時の私にはナイーブなところがたくさんあったけど、でもまぁそんなに大きくは変わってないかもな。

そしてもしその基礎がなかったら、たとえばこの国の大統領選挙やテロ対策や、外交や移民のことや、教会や議会や、家庭や学校など教育に関することなどについて、今ほどよく理解できていなかっただろうと思う。
もしかしたら、英語も今ほどできてなかったかも。
ふむ。

…というようなことを考えた「山の日」でした。
日本のみなさん、Happy Mountain Day!

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9/11 (2010/9/13)

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