やらないのに「やります」とつい言ってしまう人のこと。
「やります」と言うばかりで一向にやらない人について、前に書いたことがあったような気がするなと思ったら、やっぱり書いていた(参照)。
ま、同じことなんだけどさ。
今回はちょっと違う角度で。
だから「B面」。
やるやる詐欺師は、たいてい常習犯である。
彼らが「やります」と言ったら、ほぼやらない。
付き合いが浅い頃には「やります」と言うのを信じて、任せたり待ったり当てにしたりして痛い目に遭うものだし、その後も「今回の『やります』は本当かも?」とチャンスを与えて、裏切られたりもする。
それで、こちらも残念ながら学ぶのである。
「『やります』と言ってるけど、やんないんだろうな」と話半分に聞くようになる。
で、やらないで終わる。
「あの『やります』をまともに聞かなくてよかった」となる。
残念だけど、それはしょうがない。
どうせやらないんだから、「やります」なんてわざわざ言わなきゃいいのに、と思うが、やるやる詐欺の人たちは、「やります」と積極的に言う。
なぜだろうか。
「やります」と言うとき、彼らは本当にやるつもりなんだろうか。
やるつもりだったけど、結果的にやらないのだろうか。
それとも、彼らの「やります」は「やる」行為とは無関係で、彼らは最初からやるつもりなんてないのだろうか。
おそらく、彼らに悪気はないのだろうと思う。
彼らには詐欺を働いているという自覚がない。
彼らの「やります」は約束ではなく、まぁ言ってみれば酔っ払いの発言みたいなものだ。
本気で聞くほうがおかしい。
もし、やるやる詐欺師を吊るし上げて問い詰めても、彼らは「やります」と言ったことを覚えていないのではないかと思う。
やるやる詐欺師に出会うのはしょうがないが、詐欺には引っかからないようにしたい。
詐欺師を撲滅することより、我が身を守ることを考える。
ま、でもたぶん一度や二度はやられちゃって、モヤモヤしたり腹が立ったり悔しい思いをしたりするんだけどさ。
彼らにも彼らの事情があると思えば、許せることもあるのかも。
やるやる詐欺師の多くは、周囲に流されやすい人たちである。
さみしがりや。
空気を読み、その場の雰囲気を良くしたいという思いが強い。
好かれたいという気持ちもありそう。
だからつい「やります」と言って、相手を喜ばせようとしてしまうのかもしれない。
そして結局は相手を喜ばせるどころか、ガッカリさせたり、イライラさせたり怒らせたりしていることを、なんとなく感じ取っているのではないかと思う。
なにしろ空気読みだからね。
原因が自分にあることは知らないし、知っていてもコロッと忘れていたり、妙に前向きで大胆だったりするので、自分が蒔いた種だとは思いにくい。
それでも、良くない空気だけは感じ取る。
信頼されていない感じ、当てにされていない雰囲気を読み取る。
それで、名誉を挽回しようと思って、また「やります」と言うのかもしれない。
少し声を大にしたり、「必ず」や「今度こそ」を付けて強調してみせたりするのかもしれない。
だとすると、彼らは繰り返し期待を裏切りながらも、一方で、あいかわらず期待されたい気持ちが強いのだろうか。
でも、やらない。
自分が「やります」と言い切った快感や、「じゃあ頼むよ」と言われた喜びにすっかり満足して、やるとかやらないとかは、どうでもよくなってしまうのかもしれない。
そうして、頼りにされたい彼らは、頼りにならないヤツになり、場の空気を良くしたい彼らはまた、その場しのぎの名誉挽回を試みる。
彼らの「やります」を真に受ける者はいなくなり、「あー、はいはい」「またいいかげんなこと言ってら」と軽くあしらわれる。
だからこそ、彼らは「やります」と言う。
それが虚しく繰り返されるのである。
そしてやるやる詐欺師は信じてもらえる喜びを感じたくて、また新しく出会った人に向かって「やります」と言う。
ふむ。
そのへんの構造は、虚言癖(参照)と同じか。
哀しいねぇ。