Pleasure Writing

息抜きに書く、ということ。

世界に散らばるPhDな仲間たちは「書けないよぅぅ」と悩みつつ、一方で、日々、ペラペラペラペラ、饒舌に書き綴っている。

ちょっとした投稿も、いちいち筋道が立っていて、定型に則った展開で論理的に語る。
で、止まらない。
長くなる。
で、「長くなっちゃってごめんね」と謝る。
読む側の時間価値を知っているからね。

彼らの多くは、自身の体験をブログに記している。
どいつもこいつも、長期にわたり、非常にマメに、非常に細かく、大量の情報を書き残している。
ソトの人たちは「よくそんな時間があるね」「よっぽど書くのが好きなんだね」と言うかもしれないが、それはちょっと違うだろうと思う。
書かなきゃやってらんないんだよね。

同じ院生でも、修士の学生たちが書くものとはいろいろが違う。
修士の人たちは、おそらく“習いたて”な興奮が書くための原動力になっているから、アツかったり、疾走していたり、丸出しだったり、なんというか、いろんなものがほとばしっているのだ。
若くてキラキラしている。
喩えるなら強火でジャッと調理した炒め物みたいな。
博士の学生が書くものは、じっくり熟成させた燻製みたいだもんね。

博士の学生が書くものは、主にアートの人たちが書く、感受性を原動力にした書き物ともずいぶん違う。
別にPleasure なんだから、たまにはああいう紗のかかったような、ふわりとただ美しく流れ去る文章を書いてもよさそうなもんだが、やっぱりそうはならない。
職業病でもあり、好みでもあるんだろうな。

その大ボスみたいなのが、今回のMOOCの講師、Thesis Whisperer(参照)である。
学生時代から膨大なテキストを書き続ける彼女も「ブログは楽しいけど、論文は嫌い」と言う。

私には趣味がないからわからないけど、趣味と実益の違いって、そういうことかしらね。

ちなみに私が「PhDなブログ」と認定する基準は、いわゆる”Academic blogging”と呼ばれる研究生活、それも学位を取るまでのプロセスに特化して書かれたもの。
私のこの雑多で薄っぺらなブログは入らない。
このブログは私の日本語のトレーニングの意味合いが強いし、将来の自分以外の読者を想定していないから、他のPhDなブログたちのように世の中の役に立ったりはしない。

それでも、書き手である私にとっての効能はPhDなブログに似たところがある。
あるときは仕事帰りの立ち飲み屋のようでもあり、あるときはカウンセリングルームのようでもあり、またあるときはシャワーの横に備え付けられたメモ帳のようでもあり。
ありがたい存在なのである。

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