おさるの赤ちゃんの名前の件から、日本人の「忖度」について考える。
名前の一件、それ自体はあまりにもくだらないのだけど、考えようによっては、日本人にとって良いタイミングで得られた教訓になるかもしれないと思う。
今回の経験で得られた情報は、たとえば、
・人は感情的になったり焦ったりすると訳のわからない行動をしてしまう。
・どんなに訳がわからなくても、多数になると心強く、強気になる。
・日本人の英国王室への憧れはまだまだ根強い。
・日本人の心配性に由来する「忖度したがり」傾向はますます強くなっている。
・日本人の国際感覚はやっぱりズレている。
とか、かな。
先日書いた、「洋楽CDのタイトルがカタカナの縦書きなんて、アーティスト本人が見たらきっと嫌がる」という心配(参照)と同じ種類ね。
大好きな相手が関係しているとなると、舞い上がって感情的になりやすい。
その相手に嫌われないように、その相手の迷惑にならないように、その相手が不快に思いそうなことは一つ残らず、完璧に排除したくなる。
それも、相手に文句を言われてからでは遅い。
本人が気づく前に、先回りしておかなければならない。
相手の耳に入る前に何とかしようと思うから、焦る。
住む世界も、育った環境も、文化も違うのに、「相手の考えは私と同じ」と決めつける。
「こんなに大好きで、こんなに想っているんだから、私は相手のことがちゃーんとわかってる」。
だから、頼まれもしないのに、“相手のために”がんばる。
「迷惑や不快の元を取り除く私は正しく、その邪魔をする者は正しくない」という疑いのない信念のもと、“善意”全開で突っ走る。
これが達成できれば、憧れの相手はきっと喜んでくれる。
両思いになれる可能性が高まる。
ありゃ。
「忖度」で始まったはずだったのに、いつの間にか利己的になっちゃってるね。
…で、挙句の果てには相手に「そんなこと、どうでもいいよ」と言われる。
しゅーん。
あなたのために、がんばったのに。
あんなに尽くしたのに。
これ、おさるの話だけじゃないよね。
政治でも外交でもビジネスでも、同じ。
相手に理性とプライドがあるうちは「そこまでしなくていいよ」と言ってくれるけど、そういうステキな相手ばかりじゃないからね。
いつまでもNaive じゃ、危ないよ。
今回の経験を踏まえ、“グローバル”で“国際的”な日本人が覚えておくとよいのは、たとえば、
・外国人(特に白人)が関わると舞い上がりやすいので、冷静になるよう気をつける。
・自分の感覚だけを根拠に「きっと相手もそうだ」と決めつけ、「だから失礼だ」と言い張るのは、人として、とても失礼。
せっかく良い経験をしたんだからさ。
今後は「やりすぎてるな」と感じたら、みんなで「“シャーロット”になってるよ」って、声を掛け合いましょうよ。
「は。そうか。こんなこと、気にしてるのは自分だけかもしれないな」って思い出しましょうよ。
今回は「自分がされたら嫌なことは、相手も嫌に違いない…と思ったら、そうでもなかった」という話だったけど、「自分がされたらうれしいから、相手もうれしいに違いない」も同じだよ。
“オモテナシ”は結構だけど、日本基準のミクロで手厚い心遣いはおそらくやりすぎ。
皆がみんな一流じゃなくていいんだから。
「多少の粗相はアリ」と思っとくぐらいで、きっとちょうどいいよ。
時間もお金も労力も無駄にしないようにね。
万が一、ちょっと行き届かないぐらいで相手が嫌がったら、そんな器の小さい相手、こっちからフッてやればいいじゃない。
そんな器の小さい相手、日本国外にはそうそういないよ。
ピリピリしたって、やきもきしたって、どうせ片思いなんだからさ。
普段のままで好きでいてくれてる人たちのことをもっと大事にした方がいいと思うよ。
がんばれ、ニッポン。