Ownership

「教育・学び」×「ニューヨーク」×「日本人」な会に参加してきた。

たとえば「教員歴20年」みたいな教育をがっつりやっている人たちではなく、もっとライトで未来に向かっている人たちの集まり。
専門分野は教育以外(例:経済、アート、途上国支援など)なんだけど、勉強を進めるうちに教育に興味がわいてきた人とか、専門が教育だとしても、まだ実務経験は少ない人とか、教育関連のシステムやアプリを開発している人とか、学部生、院生なら留学1-2年ぐらいのコースワーク真っ只中の人とか。

だから全体的に若くてキラキラしていて、夢や希望がいっぱいで、可能性に満ちた会だった。

彼らの日常は「学び」にあふれている。
読むもの、聞くもの、見るもの、会う人のすべてを、自身のアンテナがバシバシ受け止め、感動し、影響され、吸収し、その経験がアンテナを太く強固なものにして、また新たな情報や刺激をキャッチする。
参加者の多くが、今まさに「学び」の最盛期を迎えているような感じがした。

学ぶことが楽しくて仕方がない。
そうやって学んでいる自分が愛おしい。
私にもそんな時代があったなぁ、と遠い目をしてみる。

彼らに共通するのは、自分自身に対するOwnership かなと思う。
自分の人生、現在、将来、決断、選択、職業、社会貢献の方法などについて、「自分のものである」という意識が高い。
だから自分の学びについて、自分で考え、選び、やりぬくことができる。
失敗も成功も、自らのProduct として受け入れることができる。

参加者のほとんどは初等・中等教育を日本で受けた日本人。
日本の大学出身者、日本の役所や企業で働いた経験を持つ人も多い。
日本の教育には、こうした優秀な人材を輩出できるだけの力がある。

そして彼らは日本に対する懸念が強い。
自らの能力を伸ばし、リスクを取り、Comfort zoneを破り、成長するために自主的に選択する人ほど日本を選択しない。
日本の社会は、彼らの能力を、彼ら自身が満足できるような方法で生かすことができていない。

翼のある生き物は、自分の住む場所を自分で選ぶ。
選ばれる場所には選ばれる理由があり、選ばれない場所にも選ばれない理由があるのだ。

これ、世界にとってはありがたいことだよね。
日本は「天下の台所」として頭脳流出、人材輸出をすることで世界に貢献する。
優秀で、アイディアを行動に移せる人をどんどん作って、惜しげもなくじゃんじゃん外国に出すのだ。
彼らが出先で定着し、外国で幸せに暮らせるように、日本は全力でサポートする。
国内の体制をより閉鎖的に、保守的に、ガラパゴスにし、無駄や非効率、心配性による仕事の遅さや、情で左右される不可思議な慣習を大々的にアピールして、彼らが日本に帰ってきたくなくなるように仕向けておく。
それによって国内の産業、経済、防衛を含む自国の発展がどうなっちゃうのかはよくわかんないけど。

とにかく、将来が有望な日本人たちと知り合えてよかった。
彼らのような人たちが英語学習と真摯に向き合い、悩んだり困ったりしているとわかったのもよかった。
彼らのような人たちのために、私に何ができるか考えよう。

ちなみに、彼らのような人たちは日本の英語教育業界には入ってこない。
自身の英語が高いレベルにあり、さらに英語学習を続けており、日本の英語教育に理解があり、恩恵にもあずかっていて、それに対する問題意識や具体的な意見は持っていても、日本の英語教育をどうにかすることは、彼らに選択してもらえない。
間違っても「私も日本でだったら英語教えられるかなと思ってぇ」なんてことは言わない。
ま、そういうことだよね。

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