余計なお世話

“余計なお世話”をありがたく受け取ってみる。

まだ数回しか会ったことのない人から、「余計なお世話かもしれないと悩んだのですが」という前置き付きで、助け舟を出してもらった。

うぅぅ、ありがたい。

この人も“放っとけない病”(参照)を患っているのかもしれない。
今の私は無自覚に“助けてオーラ”を醸し出す、面倒くさいヤツなのかもしれない。
でも、だとしても、やっぱりありがたいものはありがたい。

とはいえ会ったばかりの人にそんなに甘えていいのかな、と思っていたら、同じような道を通った先輩として、「こういう些細なことって、すごく大事だと考えているので」と言ってくださった。

うん。
そうなんだよな。

自分一人で難局を切り抜けたこと、誰にも助けを求めず、孤独に闘ったことを武勇伝として大切にしたいタイプの人もいるだろう。
甘えを嫌い、世話を避け、人との関わりを煩わしく思う人もいる。

でも、私は違う。
うれしいときも、楽しいときも、哀しいときも、困ったときも、私の人生に多くの人が関わってくれることを好む。
「私も助けられたので」と言うその人が、「余計なお世話かもしれない」という疑念を抑えて、あえて手を差し伸べてくれたことを、本当にありがたく思う。

「一人でやってきました」ではなく、「みんなに助けられました」と言える人になりたいもんね。

「余計なお世話」への3件のフィードバック

  1. 天は自ら助くる者を助けますが、人は素直に喜んでくれる人を助けて、自らの喜びともしたいのですよね。

  2. なるほど。天と人との分業ですね。
    …と見せかけて、「みんなのおかげ」と言う人に限って自立した努力家で、実は天が助くる者と重なってたりもしますよね。

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