TED 字幕翻訳メモ

TED 字幕翻訳のやり方、メモ。

最近組んだTranslator の方から「どうやって翻訳されているのですか?」と聞かれた。
この方はすでに多くの翻訳を手がけられており、日本人ではトップ10に入る数の作品を公開されている。
そんな人に翻訳の仕方を尋ねられるなんて。

どういう趣旨の質問か確認したところ、「翻訳の更新履歴がほとんどなく、一発でこれだけきれいな日本語に翻訳する秘密を知りたい」とのこと。
おぉ、そうですか。

ま、たいしたことは何もないけど、
私が自己流で編み出すものはたいてい前例がないので、見方によっては“秘訣”か“コツ”ぐらいにはなるかもしれない。
別に秘密じゃないので、聞かれれば喜んで教える。

というわけで、そのときにした説明を膨らませて、覚書として記しておく。
どっかで誰かの役に立つかもしれないし。

まずOpen Translation Project のAmara 上で更新履歴がほとんどないのは、ずっとオフラインで作業しているから。
Google Spreadsheet の指定フォーマットを使う。
これはほとんどの日本語Translator がやっていること。

で、ここからが今回のご質問に対する答え。

Spreadsheet に英語のTranscript を落としたら、Line ごとに頭からどんどん訳していく。
この段階では日本語として成り立たなくてよい。
「私は思う 彼が彼女を訪ねた 彼女は住んでいた イギリスに」とか、そんな感じ。
ポイントは冠詞や助動詞。
ここでは日本語として不自然でも、きっちり訳してわざと見えるように置いておく。
冠詞や助動詞は日本語として当てはまらないことが多く、そのほとんどをいずれ省くことにはなるのだが、あまり早い段階で省いてしまうと誤解につながりやすい。

表現が不十分、または後で補足が必要になる予感がしたら、そこには候補になりそうな語や表現を書き足しておく。
「私は思う 彼 編集者が彼女を訪ねた 訪れた 会いに行った
彼女 作家は住んでいた 作家の住む イギリスに」とか、そんな感じ。
専門用語などで訳語として確立しているものがある場合や、人物の説明、ルール解説、関連記事などの資料は、あとでゆっくり目を通せるよう、隣のセルにリンクを貼り付けておく。
こういう調子で、最初のLine から最後まで書き込む。
後ろから前へ戻ったりするとリズム感が失われ、Discourse 的に迷子になる危険性が高まるので、ひたすら上から下の一方通行で、ダーッと訳していく。
この作業ではあまり頭を使わないのがコツ。

イメージとしては付箋の付いた本やメモや、マーカーで印をつけた紙類が部屋中に散らばっている、というところ。
この段階ではいかにたくさん散らかすかが勝負。

一通り訳が終わったら、最初に戻り、文程度の塊で訳を日本語に直していく。
「編集者が作家の住むイギリスを訪ねたと思います」
「編集者は作家の住むイギリスを訪れたのではないでしょうか」
「編集者は作家に会いにイギリスへ行ったのだと思います」
「作家の住むイギリスで二人は会っていたのでしょう」
など、頭の中で日本語として自然な範囲内での候補を挙げ、講演者の口調や文脈、周辺のLine の語の配置などを考慮し、最適なものを選ぶ。
この作業を最後のLine まで繰り返す。

この作業では頭をしっかり使う。
特に日本語力をフルに稼動させる。
ひっかかりを覚えるLine は類語や国語辞典、コーパスなどを使って、他にもっと良い表現はないか、ある程度、貪欲に求める。
どうしても思いつかなければ、直訳風のまま、ひとまず保留とし、次の校正や承認のステップで担当者の知恵を借りられるようにしておく。
下手に意訳でごまかすと誤訳につながりやすい。

先ほどまで散らかり放題だった部屋が、一つずつ整頓され、すっきりと片付いていく。

それが終わったら、最初から最後まで通して確認。
ビデオの音声を流しながら、Spreadsheet の日本語だけを追う。
前後関係や伏線との辻褄、字幕としての文字数を調整。

片付いた机の上を拭いて、お茶をいれる。

そしていよいよAmara に載せる。
Amara 的にはこれが初めての更新となるわけだね。
お茶を飲みながら、画面上で字幕を見て、最終調整。

そんな感じ。

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