勉強中

Yちゃんに話を聞く。

Yちゃんはかつての同僚。
といっても一緒に働いた期間はほんの数ヶ月なのだが、つかず離れずな感じで、気がつけば、今やすっかり親戚のような関係。
出会った頃お腹にいたSが、このたび見事中学受験に合格し、他県へ引越すことになったので、母子でうちの両親に挨拶しに来てくれたのだ。

Yちゃんの強さには、本当に学ぶところが多い。
特に、発達障害、対人関係、愛情などについて、私はYちゃんとの出会いをきっかけに、よく考えるようになった。

今日教わったことは2つ。
「気にならない人」と「怒り」について。

まずは「気にならない人」のこと。
私が「たとえば1000分の1だったら、それは気にするほどのことじゃない」という考え方を聞いた、という話をすると、Yちゃんは即座に否定した。
「気になるのが当たり前でしょ」。

「千人に1人だろうと1万人に1人だろうと、『数の上で圧倒的少数だから』なんて理由にならない。それは感受性の問題。感受性の鋭い人は、それこそ数の上では少数だけど、じゃあ感受性が鈍い方が良く、感受性を鈍らせて多数派に入ることが望ましいかと言うと、そんなはずはない。」

そうなんだよね。
心理学を含む統計の世界では、”Not significant”であることは”ignore”するための正当な理由となるけど、やっぱり私にはそれはできない。

「それに、『気にならない人』になんて、なりたくないでしょう?」
「気になるということは、辛いことも多いけど、感動も喜びも多いんだよ」。

なるほど。
うん、普段はわかっているんだけど、時々、気にならないっていいなぁと思っちゃうんだよね。
「それはわかるけど、そうはいかないよ」。
そうだね。

そして「怒り」のこと。
Sの学校での体験から、パーソナリティ障害の話になった。
事が起きた後のSの反応が私と似ている。
「普通、怒るでしょ」という場面で、怒りが発生せず、むしろ「この人がこうなるまでにはきっと様々な事情があって、こういう行動に出るということは、本人的には理由があって、この人も苦しんでいるんだろう」と相手の立場で思いを巡らせ、「だから、仕方がない」と理解しようとしてしまう。
それによって許すことができてしまう。
でも、やっぱり嫌な感情は残る。
哀しくなる。

「私はSに『私なら怒るよ』と言ったよ」とYちゃん。
あぁ、そうなのよね。
私やSのようなタイプは、それを言われると初めて、あ、そうなんだ、と知るんだよね。
「理解はしてもいい。でも、許せないことは許しちゃいけない。」
そうかぁ。

まだまだだなぁ。

「勉強中」への2件のフィードバック

  1. 怒るのって、時々面倒くさいんですよね。怒っている暇があったら、他に何かしようと思ったり。

  2. 「面倒くささ」ですか。なるほど。その現象はたぶん一般的には「丸くなる」「角がとれる」と呼ばれるものでしょうね。

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