どうやら私は「疑いを持つこと」を好み、それを良いと思っているらしい。
「自分が正しい」と信じて疑わない人は好きじゃない。
「間違ってるかも」「別の見解があるかも」と思える人が好き。
唯一絶対の真実を求める人は好きじゃない。
真実は無数にあるという考えが好き。
なんでもすぐにわかっちゃう人は好きじゃない。
わからないことにじっくり取り組める人が好き。
すべてを知るなんて不可能だと知りながら、知ることへの探求を放棄しない人が好き。
疑いこそが信念の本質。
疑いのないところにあるのは、エゴや傲慢、思考停止。
無意味な安心感。
私にずっとつきまとっている自信のなさも、つまりは私が疑いを持っているということであって、私はそういう自分を肯定しているのだろう。
不安に耐えられず、快楽で打ち消そうとする人は弱い。
弱すぎて、疑いを持つことができない。
不安を抱きしめて、かつ絶望せずに生きていく人は強い。
今の私には、疑いを持つだけの強さはあるけど、疑いをずっと持ち続けられるほどの強さはない。
できることなら早く不安から解放され、楽になりたいと思っている。
まだまだ修行が足りないのだ。
ということなのかなぁと思う。
違うかもしれないけど。