見る目

見る目、聞く耳、落ち着き、決断力。

この4つ、持っている人は全部持っていて、持っていない人は一つも持っていない気がする。
セット販売のみでバラ売りなし、なんですかね。

たとえば見る目を持っていたら、自分に必要な情報を与えてくれる人や場所を見つけられるから、そこへ行って話を聞くことができる。
聞いた情報を整理し、選別して、咀嚼する。
情報そのものや自分の興味の鮮度が落ちないうちに動く。
広く新しいものを見て聞いて、いろんな人と触れ合うから、また見る目が養われる。

目利きと呼ばれるような人には落ち着きがある。
まず静かに観察し、多角的に検証し、冷静に判断する。
もちろん判断の過程では聞く耳も持つ。
しかし、いったん方針が決まったら、多少の波や風に当たっても揺らがない。
ここだ!今だ!というタイミングでギャンブルにも出る。

対照的に見る目のない人は早とちりして安物を掴んだり、逆に考えあぐねて混乱し、足がすくんでしまったりする。
自分の選択が失敗だったような気がして、また新しいものがほしくなる。
自分の判断が信用できないので、周りの評価に頼る。
量販されている人気商品にしておけば安心だし、なにも急いで遠くへ行く必要もない。
明日でも、来月でも、来年でも、ついでのときで大丈夫。
と思っていたら売り切れで、いきなり焦りだす。

良いとか悪いとかじゃなくてね。
そういう違いがありそうだなと思った、というだけの話。

おもしろいことに、見る目のない人というのは、普段は“みんな”の言うことに沿って行動しているのに、あるとき突然、独自の方法で飛び出すことがある。
誰に相談することもなく、一人で決めて急に大胆に動く。
周りが制止しても耳を貸さない。
日頃の“その他大勢体質”から脱却し、“みんな”をアッと言わせたいのかなと思うところもあるが、真意はわからない。

ま、それでまんまと成功すればいいのだが、不慣れで準備不足のうえ、感情的になっている場合が多く、このギャンブルはリスクが高い。
しかも独断で、急に、大きく動かしちゃうもんだから、周りは助けようもなく、見守るなり、呆れるなりするより他にない。

『見る目を養う方法』的なハウツーは、どうせどっかの本屋で売っているのだろうが、私は見る目というのは、あれば放っておいても養えるけど、なければ養いようもないと思う。

人には向き不向きというものがある。
見る目なんて、みんなが持たなきゃならないもんじゃない。
なきゃないでいいじゃない。

見る目がない人は、早くそれを認めたほうがいい。
で、見る目のある人に拾ってもらうのだ。
先生でも上司でも恋人でも配偶者でも、身近に見る目のある人を置いて、その人に導いてもらう。
見る目を養うのに使う予定だったエネルギーを使って、見る目のある人に選ばれ、見初められ、かわいがってもらえるようにがんばったらいい。

「選ぶより、選ばれる」とかいうコピーを付けたら受け入れてもらえるかな。
イヤ、実際、素敵なことだよ。

私周辺の見る目がない人たちは概ねそうやって、見る目のある人に救われて、幸せになっている。
見る目のない人は、まぁ見る目がないわけなので、特に若い頃はどうしても間違えるし、繰り返すし、紆余曲折も免れないのだけど、人柄がよく愛されるタイプであれば、最終的には平和的解決につながることが多い。
カミサマは悪いようにはしないのだ。

見る目のない人ほど、出会いが大事。
じたばたしないで、素直に謙虚に毎日ちゃんとやっていれば、きっと見る目のある人が選んでくれるよ。
気長に待ちましょう。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です