克服プロジェクト

あることを克服しようともがいている。
その途中で気づいたこと、4つ。

ひとつめは、「与えられる課題は、いつも自分にとっていちばん難しい」ということ。

他の人が気にも留めていないようなことが、ある人が躓くのにじゅうぶんな要素になる。
昨日まで難なくまたぐことができていた縁石が、突然ぶ厚い障壁に姿を変えて立ちはだかる。
普段みんなができないようなことを易々とこなしている人が、誰でもできるようなことを前に為す術もなく呆然とする。

他の人がなんと言おうとも、私が乗り越えなければならない課題は、私にとってもっとも乗り越えにくい、難関なのである。

ふたつめは、「人は本当に些細なことで悩む」。
イヤむしろ、「些細なことでしか悩まない」の方が適切かもしれない。

悩みのタネはいつでも、小さな小さな粒でしかない。
蒔かないという選択肢だってあるはずなのに、私たちはなぜかその小さな粒を拾い上げて、わざわざ蒔いて、ご丁寧に大きく育ててしまう。
巨大化した悩みを前に圧倒されて、この世の終わりを妄想する。
そもそもこの悩みはどこから来たんだっけ?と元をたどると、たいていは悩んでいるのがバカらしいほど些細なことなのだが、それに気づくまで、人は全身全霊をかけて、真剣に悩むことができる。

みっつめは、「積み重ねたマイナスは、人のエネルギーをじわじわ奪う」。

「このくらい、まぁいいか」と見ないフリをしたり、「今は無理だけど、そのうち」と後回しにしたり、「ある朝目覚めたら解決してるかも」と逃げていると、日々のマイナスは着々と貯まっていく。
蓄積されたマイナスは少しずつ人のエネルギーを奪い、人を疲れさせる。
いっそマグマが噴火するように大爆発してくれたら逃げずに闘えるようになるのかもしれないが、運良く・運悪く、そんなことにはめったにならない。

まだ逃げられる。
だからこそ問題から目を背けたくなる。
そうしている間に、まずは心が、次に体が蝕まれていく。

私は基本的に問題を避けないで逐一こまめに対処するほうだが、それでもいろいろな条件が運悪く重なってしまうことがある。
仕方なかったとはいえ、今回のももっと早く対処しておけば、これほどの大事に至らずに済んだのではないかと思う。

よっつめは、「自分に関するほとんどのことは、後からしかわからない」ということ。

たとえば今の日本のように暑い日が続くと、なんとなく体調がよくない。
とはいえ寝込むほどではないし、休んでもいられないので、とりあえずそのままにして日々を過ごす。
で、秋が来て、涼しくなって、ある日ぐっすり眠って目が覚めると、体が軽い。
それでようやく「あぁ、睡眠不足だったのか」と気づく。

鉄棒に必死でつかまっている間は、「ここから落ちたら一巻の終わりだ」と本気で思っている。
足の下には深淵が広がっていて、自分はそこに吸い込まれると思っている。
真っ暗な奈落の底に落ちる恐怖。
だから握力のある限り、歯を食いしばってなんとか持ちこたえようとする。
で、限界が来て、鉄棒から手が離れる。
「あぁ、もうダメだ」と思ったその瞬間、地面に足が着いているのに気づく。
命綱と思っていた鉄棒は、実は目の高さ、つまり知らないうちに自分の方が背が高くなっていたりする。

この4つめに、私はまだ本当には気づけていない。
でも、たぶんそうだろうと思えるところまで来た。
確信はないのだが、うっすら見えてきた、といったところ。
ということは、私の克服プロジェクトは完了間近ではないかと思う。

もうちょっと。

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