ニッポンの教育

『マジメな努力を評価』という大学の広告に釘付けになった。

電車の中で見つけた広告。
よくある大学のオープンキャンパスの宣伝なのだが、目を引いたのは開学記念の特別奨学金についての情報。
特に『マジメな努力を評価』というコピー。

昨今の若者に特徴的な「結果はどうあれ、私がんばったんです」を全面的に認めてあげようという心優しい制度なのだろうか。
「がんばったんだけどダメだったんです」という自己申告に成功と同等の価値を見出しているとすれば、大学としてはかなり奇抜だ。

ウェブサイトまでたどってきちんと確認すれば、必ずしも『マジメな努力』だけが評価対象でないことがわかる。
やっぱり結果を重視しているのだとわかって、ほっとする。
が、ポイントはこのキャンペーン的な開学記念イベントや、大学のレベルを疑われかねない軽薄なキャッチコピー。
ショッピングモールの抽選会じゃあるまいし、このポスターでどんな学生を釣ろうとしているのか。

受験のために高校は大学の、中学は高校の、小学校は中学の準備用施設になってしまった部分がある。
聞くところによると幼稚園でさえも、「小学校に入ったときに困らないように」という基準で選ばれることがあるらしい。
先々を心配するあまり、足元を見失っているような気がする。
その時その場所で『今』を大切にできなければ、未来が『今』になったときにも地に足がつかず、安定しないだろう。

その一方で、大学は「社会に入ったときに困らないように」とは考えてくれていないようだ。
準備に手を貸してくれるとすれば、せいぜい就職活動用。

親は教育機関に子どもの教育を一任し、教育機関は次の教育機関へ問題を先送りにし、最高学府は企業化して教育責任を放棄する。
教育を受けるチャンスを得られなかった高学歴の人たちが、社会にあふれだしてくる。

人が育つということについて真剣に考えている人たちは、いったいどこにいるんだろう。
子どもが適切な場所を通って尊敬できる人と出会い、教育的な刺激を存分に受けて育つということは、もう奇跡のようなことなのかもしれない。

一人でも多くの子どもに教育の機会が与えられますように。

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