自己顕示欲

自己隠し欲」のことを考えてちょうど1年。
また考えさせられる機会があった。

最近知り合った人に研究の動機を尋ねたら、「自己顕示欲でしょうね」という答えが返ってきた。

私は自己顕示欲がある人はその自覚がないものだと思っていたので、自らの自己顕示欲を、それも活動の原動力として意識しているのは珍しいことなんじゃないかと思った。
が、そこにいた人たちの反応は違った。
彼らによると自己顕示欲を持っている人は、みんなそれを自覚しているらしい。
「言わないだけで」。
最初の発言をした人も、「僕も普段はこんなこと言いませんよ」と付け加えた。

ほほぅ。
自己顕示欲を持っている人は、持っていることを知っていながら、それを表明しないんだ。
自己を顕示したい欲なのにその欲は顕示したくない、と。
ややこしい。

以前にも書いたとおり、自己顕示欲は、程度の違いこそあれ、多くの人が持っている。
自信と同様に持っていたほうが便利だし、前へ進んだり新しいことに挑戦するときには特に役に立つ。
私のように自信を持つことを完全に放棄していて、さらに強い“自己隠し欲”や“-注目欲”を持っている人は、なにかと不便だ。

だが、私は自信がないことや、“自己隠し欲”や“-注目欲”が強いことを隠そうとは思っていない。
もともとが注目されにくいアイテムなので、あえて大々的に発表する機会は巡ってこないんだけど、もし興味のある人がいればおおっぴらに説明してもいいし、同じ不便に悩む者どうしで“あるある”を語りあってもいい。

それとは対照的に、自信があることや、自己顕示欲や“+注目欲”は、なるべく見つからないように気をつけて扱われているらしい。
自己顕示欲のある者どうしは、お互いのハラのうちを探りつつ、牽制しつつ、そのなかで頭ひとつ抜け出そうとチャンスをうかがっているのかしら。
ひゃー、面倒くさそう。

もちろんこれには文化的な影響があって、たとえば日本人の目に自己顕示欲は美しく映らないように思う。
だからって別に隠さなくてもいいじゃん、と思うけど、自己顕示欲のある人ほどそのあたりが気になるんだろうね。
これまた面倒くさそう。

自己顕示欲隠しと自己隠し欲顕示。
ややこしい。

ちなみにアメリカ文化は一見“自己顕示ウェルカム”に見えるので、日本で抑圧されていたタイプの人は一瞬解放されるかもしれないが、長期間にわたって深入りすると、実はそうでもないことがわかる。
怖い怖い。

隠しごとを抱えたり、裏表を使い分けて暮らすなんて私にはできない。
私が日常をラクに過ごせている理由のひとつに、自己顕示欲を持っていないことがあるのかもしれない。
いやー助かった。
だとすれば、引き換えにときどき多少不便が生じても、それはしょうがないかぁ。

「自己顕示欲」への2件のフィードバック

  1. いつかこういうコメントをいただくだろうと思ってました。
    普通に考えれば、おっしゃるとおりです。
    ちなみに私は自己顕示欲の強い人を非難するつもりはありません。
    本文にも書いたとおり、自己顕示欲はあったほうが便利なのですから。
    そのあたりをご理解いただくと、少しは意図が伝わるかなと思いますが、
    まぁいずれにしても伝わりにくいエントリーだという自覚はあります。
    ありがとうございました。

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