もうすぐ半年。
震災に対する今の気持ちを記しておこう。
こんなことを企画して広報を始めたりしたせいで、ここ数日、いろんな方にいろんな声をかけていただいている。
それで珍しく感情的になっているのだと思う。
ま、たまにはそういうのもいいでしょう。
このところ体内湿度が高い状態を保っているのはわかっていたので、堰を切ったように涙が溢れ出たときは少しほっとした。
地震の瞬間をテレビ電話で目撃して、それから憑かれたように情報をかき集めて、ひたすら泣き続けていたあのときと同じような泣き方で泣いた。
震災のショックは、まだ私の中でほとんど大きさを変えないで居座っているのだと知る。
泣きながら頭の中が整理されていくのだろうか。
あの日から今日までに起きたさまざまなことが思い出された。
被災地の生々しい様子。
協力してくれた人たちのこと。
新しく出会った人たちのこと。
「自分の苦しみに比べれば、震災なんてたいしたことじゃない」と堂々と言い放った人のこと。
欲望。エゴ。身勝手。
何もできない無力感。後ろめたさ。
傍観者としての自覚。自己満足。
距離。疲労。風化。
時間を置いて初めて現れる新しい課題。
離れていく人。残る人。
助かった人たちがいま直面している問題。
愛。思いやり。強さ。
人と人がつながるということ。
本当に大切なもの。
それを確かめ合うということ。
そして、それを失うということ。
辛い出来事には必ず意味がある。
どんな意味かわかるときがいつか来るとしても、半年ぐらいではとてもとても。
瞬発力と勢いを競う時期こそ過ぎたけれど、闘いはまだ序盤。
しっかりしなくちゃね。
一応被災地に住んでいて、小さいながら被災もしたんですが、感慨は離れた土地にいても、かなり共通するのだなと思いました。
震災後、約半月は、頭の中が混乱して何も整理がつきませんでした。落ち着いて考えを整理しようとしても、ひっきりなしに大きな余震が来て、また混乱してしまうという繰り返しでした。
さらに、原発の情報が錯綜して、「かなり隠されていることがあるな」という直観的疑念はあるものの、それをあまり詮索しすぎるのも、現実の恐怖を煽るので、なかなかスタンスを決めにくい状態でした。
(なにしろ、フクシマの隣の県に住んでいるので)
落ち着いてきたのは、ようやく最近です。
放射能汚染がかなり深刻なことになっていますが、細胞分裂の盛んな成長期を遙かに過ぎた者としては、それを引き受けて生きるほかありません。
(子供には気の毒なことで、できれば避難した方がいい)
「辛い出来事には必ず意味がある」
これは本当に実感です。
犠牲になった人たちも、その悲劇的な死を通して、人類に何かを語りかけていると思います。
その声をきけるかどうかが、あるいはどう聞くかが、残された者にとって重要なポイントだと思う日々です。
「感慨が共通する」とは、異国の地で揺れのひとつも体験していない私にはもったいないお言葉です。ありがとうございます。