感情円グラフ

人にはそれぞれ『感情の配分』みたいなものがあると思う。

人はみんな、見ているところも感性も経験も違うから、同じ状況におかれてもそれぞれ違う反応をする。
たとえば桜の花が咲いたとき、うれしくなる人もいれば切なくなる人もいる。
ありがたい気持ちになる人もいればうんざりする人もいる。

恋愛を例にするともっと伝わりやすいでしょうね。
ラブラブが巡ってきたとき、すんなり天に昇れる人もいれば不安が募る人もいる。
恋人と別れた後、寂しい人と悔しい人では行動が異なる。

状況ごとに感情が人それぞれだという事実はわかりやすいし、なにしろ他人のことはとかく目につきやすいのだが、一方で、自分がどの感情を持ちやすいか、その個人的傾向を考えることはあまりないように思う。
自分の感情の配分を円グラフにするイメージ。

というわけで考えてみた。
考えてはみたけどまとまらない。
まとまらないままに書いてみよう。

マイナス思考でpessimistな私は、いわゆるHappy系の感情の占める割合が少ないと思う。
かろうじて『うれしい』はあるけど、『楽しい』はすぐに後ろめたさに消されちゃうし、羽目を外したり有頂天になったりするほどの浮かれた気分を経験したことがない。

『わくわく』より『心配・不安』。
『達成感』より『安堵』。
…温度低いねぇ。
冬とか夜とか月とか冷暗所とか、そういうかんじ。

私の円グラフでいちばん大きな面積を占めるのは、『かなしい』かもしれない。
ではSad系が多いのかと思いきや、そうでもない。
『寂しい』はほぼゼロ。
他人と比べないし向上心がないから『悔しい』こともあまりない。
『むなしい』『情けない』『不甲斐ない』は多少あるかな。

恋愛でいうなら、ラブラブ=慎重、フラれる=冷静→じわじわかなしい、フる=とにかくかなしい、という具合。
どこまでも低温だね。

さらに、『うれしい』『かなしい』などの自己完結的な感情とは別に、『愛おしい』など、自分以外の対象を必要とする感情もあることに気づく。
動詞でいうところの目的語があるかないか、みたいな。
うーむ、これは分類が難しいな。

自分の感情についてよく知らないまま、他人の感情と折り合いをつけていこうだなんて、人間というのはなかなか大胆なことを試みるね。
一度に複数の感情が起動することも珍しくないというのに。
そのうえ、“感情的”“理性的”などと言うように、感情円グラフそのものの大きさや性質も人によってさまざまで、それぞれが日々刻々変化するんだから、かなりの荒波の中を泳がされていると思っていい。
そりゃたまに溺れたりもするはずさ。

ちなみに私の円グラフはかなりコンパクトにまとまっていて、素材としては伸縮しにくく、表面に外からの影響を受けにくい加工がしてある。
ひょっとしたら耐震設計もされてるかも。
血も涙もないね。

最近、日本の若者たちの間では、円グラフに『感情なし』を入れるのが流行っているような気がする。
傷つくのが怖いんだろうなぁ。
『感情なし』はウイルスみたいなもんで、いったん入ると他の感情をどんどん駆逐していくから、手を出さないほうがいいと思うけど。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です