数字系時代

数字から離れることを考えていて、そういえば私は子どものころ“数字系”だったことを思い出した。

今でこそ私は「どっぷり文系」と言ってはばからないが、子どものころの私を知る人たちにとっては意外だろう。
たとえば小学校の同級生なんかが「emiは今アメリカの大学院に行っているらしいよ」とだけ聞いたら、数学とか物理とかの研究をしていると思うに違いない。
なにしろ小学校ぐらいまで、私は近所でちょっと有名な数字に強い子だったから。

どこでどうなって超数字系が超言語系に転換することになったのか。
せっかく両親が身近にいるので、目撃証言を取材してみた。

それによると、数字を覚え始めたのは1歳半ごろ。
まもなく100まで数えるようになり、2歳になるころには“足し算あそび”をはじめた。
大人が「2+3は?」などと出題するのに答えるのが楽しくて、母がごはんの準備をする間も、父とおふろに入るときも、「次は?次は?」と出題をせがんでいたらしい。

やがて足し算あそびは二桁に。
おばあちゃんにつきあって趣味としていた花札では、得点の計算を大人より早く正確にできるようになった。

そして幼稚園に入るのとほぼ同時に、本人のたっての希望により、公文に通うようになった。
どうしてそんな希望を持つことになったのか私は覚えていないが、友達の誰かがやってたのを見たのかなぁ?

公文ではまさに水を得た魚状態。
ものすごいスピードで計算問題を解くのにハマる。
日常生活においても、たとえば車のナンバーなど、数字を見れば足す・引くを勝手に楽しむ子になった。
先生にとてもかわいがってもらっていたので、特別にいろんな場所へ連れて行ってもらったのをぼんやり覚えている。
いま思うとあれは研究所の方々との“会合”みたいなものだったかも。
公文の創始者・公文公さんともお会いしたような気がする。
先生の紹介でドルトンスクールのIQテストを受けさせられ、校長から「明日からでもぜひ」と熱烈なラブコールをいただいたらしい。
両親が英才教育に興味なくて助かった。

幼稚園を卒園する頃には公文で小学校4年生ぐらいの算数をやっていて、九九などは普通に言うのではつまらないから、超高速で9×9から1×1へ逆走するという“九九あそび:噛んだら最初からやり直し”を発明して楽しんでいた。
「独自のゲームを開発し、自分にチャレンジを課して楽しむ」というのは、いまだにやってるよな。

新1年生になるときには公文の広告に借り出された。
まだ入学前なのにランドセルを背負わされて、白い壁の前に立って写真を撮られたことだけを覚えている。
新聞に載ったりしたので私を『天才少女』なんて呼ぶ人もいたそうだ。
「公文は特待生だから月謝を免除されているらしい」というデマまで流れた。
うちは親子そろってのんびりした家族なので、だからといって当時はどうとも思っていなかったけど、誰でも一生に一度はあると言う、“モテ期”みたいなもんだったのかな。
だとしたら、逃したねぇ。

そんなこんなですくすくと“数字系”として育ち、小学校卒業のころには公文で高校数学をやっていた。
その一方で、学校の算数では、公文でやらない図形やグラフでつまづいていた。
アナログ時計の時間が読めなくて凹んでいた時期もあった。

そして中学に入学して決定的な事件が起きた。
中1の、初めての数学のテストでうっかり満点をとってしまい、担当の教員にそれを発表されてしまったのだ。
知り合ったばかりのクラスメートたちが一斉に私を見た。
目立つことが何よりも嫌いな私にとってこれはあまりにも屈辱的で、耐えられずその場で泣いてしまった。
これをきっかけに、公文を辞め、数学は一切勉強しなくなった。

こうして私の数字系人生はあっけなく終わってしまった。
あーあ。
ま、おかげで言語系に転向することになったんだけどさ。

振り返って自己分析するなら、私はただ数字をくっつけたり動かしたりする『パズル』が好きだっただけではないかと思う。
実際、小学生の頃は数千ピースのジグソーパズルにハマっていたし、今でも“脳トレ”の類は嫌いじゃない。
しかし数字を応用して別のことに使う、いわゆる“理系”なものごとについては初めからさっぱりダメだったわけだ。
あのまま間違えて理系に進まなくてよかったよ。
危なかったね。

数学からきっぱり足を洗った後の私は、得意なパズル的要素を「化学式」や「文法」に見出し、それが言語系へとつながっていくことになる。
英語や日本語を教える立場になってから自作した学習ゲームも、そういえば、パズル的なものが多い。
専門になりつつある会話分析だって、結局はパズルだと思っているのだろう。

でも、だからって計算までできなくなるのは極端だよなぁ。
今なんて電卓も満足に使えないから、飲み会のワリカンは周りに任せっきり。
時差の計算でパニクったりもする。
ていうか“数字系時代”があったことすら丸ごと忘れてたし。
どうしてここまで落ちぶれてしまったのか。
こればっかりは本人にも両親にもわからない。
迷宮入り。

「数字系時代」への2件のフィードバック

  1. すごいですねえ。
    人生の途中で脳内の構造がさらっと変わってしまったような、部分的に「別の人」になっちゃったような、不思議なプロセスというのが、あるんですね。

  2. 「別の人」…うーん、確かにそう見えるかもしれませんね。
    本人としては“パズル系”ということでむしろ一貫性を見つけた気がしています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です