在NYC日本人

NYCに住むという特殊性について。

このごろNYCに住む日本人の方と話す機会が増え、つくづく、NYCってところは特別だなぁと思う。

私はケンタッキーの特大田舎と、今いるニューヨークの小田舎にしか住んだことがないので、アメリカにいる間はずっとホームシックに罹っている。
海外旅行好きでもないので、『日本にいない=日本が恋しい』という公式ががっちり成り立っている。

NYCで暮らす日本人はホームシックにならない。
少なくとも極端になりにくい。
もともとNYCにあこがれて住み始める人も多いし、日本のモノも人も言葉もたっぷりあって、それをベースに外国っぽい刺激も受けられるから。

私もNYCへ行くとちょっと日本が満たされる。
日本語を話して日本の雑誌を見て日本のパンを買って帰る。
なのでNYCに住む日本人の方々がうらやましい。
でもずっとNYCにいる日本人の方々には、なぜか逆にうらやましがられることがある。

NYCの日系企業で働くEさんもNさんも美容師のTさんも、「現地の人ともっと触れ合いたい」と言う。
日本語で日本人と仕事をして、日本の居酒屋で日本式の飲み会なんてやっていると、ここがどこだかわからなくなるらしい。
「今週は日本食レストランに行かないぞ」とか、自分に課すことさえあるという。
なんて贅沢な。

Albanyのようなところでは、日本人どうしは待ち合わせをしない限り会えない。
駐在員の方でさえ、社内全員日本人ということはないだろう。
学生なら何ヶ月も日本人に会わないことは普通にある。
日本人だけで集まって人工的な空間を作らない限り、ここがアメリカだということを忘れることなんてできない。

ジャーナリストのNさんは「自分はNYCのようなところではなく田舎に住んで、もっとアメリカ的な体験をしなくちゃいけない」という危機感があるとおっしゃっていた。
「なんでもアリのNYCはぬるま湯だ」そうだ。
うーむ、ぬるま湯大歓迎だけどなぁ。
熱湯や氷水じゃ長くは浸かっていられませんよ?

合格通知が届く順番が違っていたら、私はNYCの大学院に通って、“たのしいりゅうがく”ができたのかもなぁ。
特に初めて住むのがNYCだったら、“あめりか”っていう国が今とは違って見えただろう。
運命のイタズラだね。

とはいえ日本人コミュニティの様子を聞くと、私にはNYC型は合わないなぁと思う。
田舎の日本人コミュニティは地理的にも心理的にも、ほどよい距離があって助かることが多い。
上下も縦横も複雑なNYCの日本人コミュニティは、日本の都会でも地方でも見られない独自のややこしさを持っていてやりにくそうだ。
それも家族持ちだと特に。

適材適所。
やっぱりうまいことできてるんだよね。

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