不安

不安を解消するには、不真面目になるしかないのだと思う。

生まれたての子どもが泣くのは、不安のせいなのかは知らない。
でもしばらくすると、子どもはケタケタ笑うようになる。
そのとき、たとえ短い間でも、たぶん不安は消えている。

各種のストレス解消法に効果があるかどうかは知らない。
でも、たとえ一時的にでも不安を忘れたいという気持ちはわかる。

不安がなくなっているような気がしたり、不安から目をそむけたりする余裕があるとき、私たちはただ単に不真面目になっているだけではないかと思う。

たとえばお酒や恋やお金やモノによって酔や快や楽を味わっているようなとき、たとえ目を開くまでの一瞬でも、不安を感じなくなることがある。

そうやって不安から離れることはできるけど、そんな不真面目が許されるのは、ごくたまに、しかも刹那ほどの間だけ。
無理に引き伸ばそうとするとおかしなことになる。

人はオトナになると責任ができる。
健康や家族や経済のことも考えなくてはならない。
どれも真面目な課題だ。

真面目には不安がついてくる。
戦ったってしょうがない。
将来というのは不安に決まっているのだ。
そんなものすごく当たり前のことに逆らって、強引に不安を消し去ってしまったら、どこかで辻褄が合わなくなるだろう。

基本、不安ってことで、普通に持っときゃいいんじゃない。

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