心得違い

期待や欲望やエゴや反省など。

期末試験の採点をしている。
数回にわけて別の角度から解答を見るうちの、1巡目が終わったところ。

たとえば実験や到達度を測る場合には、treatmentの前後でテストを施して、その変化を明らかにすることがある。

でもこの試験は変化を測るものではない。
そこに知識が現れてさえいれば得点につながる。
講師で出題者で採点者の私は、「変わったかどうかは関係ない」ということを自分の中で指差し確認してから、2巡目に臨んだ方がよいような気がする。

私は“アタマが固い”というのが苦手なので、入口ですでに持っていた知識をそのまま出口で使っているような学生がいると、つい“待った”をかけたくなってしまう。
逆に、クラスメートとのディスカッションで得た知識や、他の人の意見を取り入れている学生を見ると、褒めたくなってしまう。

しかし“伸び”を評価するということは、「このコースが学生をどう変えたか」などという大変おこがましい基準を設けていることになる。
要するに私が手ごたえを感じたいだけで、それと試験の結果をごっちゃにするべきではない。
私の言うことを聞く良い子ちゃんを育てることが目標だったのではないはずだ。

もちろんコースを履修する以上、学期の前と後で何らかの変化は起きていてほしいし、きっと変化は起きた。
でも全員分のすべての変化が如実に表面に即座に現れるわけがない。
授業で新しい知識を得て消化したうえで、もともと持っていた考えが深化するということもある。
いろいろ試してみて、結局スタート地点に戻る、ってこともある。

思い起こせば3年前、このコースを取った学期末の私の感想は「特に目新しいことはなかったなぁ」だった。
注射や劇薬みたいに、すぐ効くタイプのコースではないのだ。

それにしても。
はーあーあ。

ちなみにこのコースの前後でいちばん大きな変化が明確に起きたのは私。
それは、もう、間違いなく。

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