上から目線

私はこの表現が好きじゃない。
語呂もさほどいいとは思えないし。

“上から…”が傲慢・不遜系の嫌われやすい形容でほぼ定着しているのに対し、“下から…”は意味が安定していないようだ。
“下から目線”は文脈によって、謙虚・思慮系のポジティブだったり、卑屈・過敏系のネガティブだったり。

もちろん大勢と反対の動きをしたがる輩はどこにでもいて、擁護したり反論したりで忙しそうだ。

いったい誰が言いだしたのだろう。
“バカにしたような”でよかったではないか。
“…にする”というからには、本当はバカじゃないということだし。
不用意に上下の意識を高めてしまうと余計なイザコザが増えるだけなのに。
この手の言葉を闇雲に広めるのは、非常に罪深いことだと思う。

ところで私は、具体的にどんなことを言うと“上から”になるのか、よくわかっていない。
たぶん“上から”を受けた経験がないからだろう。
浴びているのかもしれないが感じていない。
たまに自慢好きや言葉足らずな人には出会うけど、それとはちょっと違いそうだし。
このワタクシより上なんて存在していなくってよ、ってことかしら。ほっほっほ。

受信はともかく発信している可能性はあって、残念に思う。
私はどこに行ってもなぜか態度がデカイらしいので、“上から”に該当することをやらかしていそうだ。
おそらく“上から”のほとんどは自覚がないだろうから、本人にそのつもりがなくても言い訳にはならない。
このブログの口調も捉え方によっては“上から”になりうるだろう。
せめて“図々しい”とか、“偉そうに”ぐらいにしておいてほしいのだが、他所様の評価だから仕方がない。

“上から”ついでに加えておくと、私は“逆”の視点を持つよう心がけている。
上下しか選択肢がなければ“下から”と呼ばざるを得ないが、たとえば私が大人なら子どもにとって、私が先生なら生徒にとって、どんなふうに世界が見えているかを常に頭に置いておきたいと思っている。

上下だろうと表裏だろうと、横だろうと斜めだろうと同じこと。
ある一定の角度からしか見えないということがなによりも危険だと思う。

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