おとうさんはハンガリー人。
おかあさんはアメリカ人。
おとうさんは世界を飛び回っている。
基点はアメリカに置いているが、ヨーロッパにもアジアにも教授職を持っている。
学会に行って人脈を広げるのが大好き。
言語・文化・国際に関することなら、だいたい何でも手を出す。
アメリカに来てもうずいぶん経つのに、すぐ「これだからアメリカは」と言う。
国籍で何でも決めつけるのはよくないよ、と、むすめは思う。
褒められると調子に乗りやすい。
自分の意見に賛成する人だけが正しいと思っている。
機嫌が悪くなると顔を真っ赤にして怒鳴る。
服のセンスは意外といい。
部屋は散らかし放題。
スケジュール変更は大嫌い。
おとうさんの基準は、「おもしろいか、つまらないか」。
おもしろければ大体OKを出してくれる。
細かいことを聞くと面倒くさそうに、「後は自分で考えなさい」と切り離される。
おかあさんはアメリカから出ない。
外国語もできないし外国にあまり興味がない。
学会に行っても発表だけして、終わったらとっとと帰って来るらしい。
おかあさんは会話分析を、創始者のSという先生から直接教わった。
この分野の第一人者としておかあさんは超有名。
でも本人はしれっとしている。
笑うとかわいいので、服装とか髪型とか少しはおしゃれしたらいいのに、そういうことは構わないらしい。
おかあさんの基準は「精密さと説得力」。
いいかげんなことは絶対許さない。
形式やルール、結論にはこだわらないけど、“なぜそう思うか”をとことん問い詰めてくる。
スイッチが入ると止められない。
相手がタジタジするのを見てようやく、「あ、私攻めすぎね」と気づくらしく、しょっちゅう反省している。
そのくせ他愛のない話とわかると、話の最中にもついあくびが出ちゃう。
悪気はなくても失礼だよ、と、むすめは気が気じゃない。
ふたりはお互いに、「まったく、なに考えてるんだか」とか言いながらも、結構仲がいい。
今日はおとうさんと、ある本について話していた。
話し終わったら、「なぁ、おかあさんに『この本どう思う?』って聞いてみ」と言われた。
そんなの自分で聞けばいいじゃん、とむすめが言うと、「いいからさ、お前からさりげなく聞いてみろ。俺が聞いたって言うなよ。それで、何て答えたか後で教えてくれ。」とニヤニヤしている。
おとうさんと話すときは、「おもしろかったか?使えそうか?」に答えるだけだけど、おかあさんと話すときは、もっと読み込んで武装していかなきゃいけないんだよ。
“さりげなく”がいちばん難しいの知ってるでしょ。