優越感

なぜか最近ちらほら聞くので考えているのだが、よくわからない。

プチ贅沢は大好き。
ちょっといいお部屋に泊まったり、おいしいお料理をゆったりいただいたり、急がず旅したりのんびり芸術を楽しんだり。
少しのお金で快適が買えるなら喜んで。

優越感はその近くに転がっているらしい。
が、ただそこにいるだけでは“優レテ越エル感ジ”は味わえない。

何が足りないのか考えていて、思い出したことがある。
ちょっと違うかもしれないけど。

あるパーティーに行ったとき、なんだかすごい人ばかりが集まって、みんな割と自分のことを話していた。
知らない世界のことなのでそれなりに聞いていたが、さほどおもしろくなかった。
私の話すことも受け入れられていない雰囲気だった。
で、疲れてしまったので、後半はそこにいたチビッコと遊んでいた。

後で聞いたら周りは私を見てヒヤヒヤしていたらしい。

たとえて言うなら、精一杯の威嚇をして羽を膨らませている鳥の体をぺたぺた触って、「大きいんですねぇ。何が入ってるんですか?」と質問しているようなものだったと言う。

「威嚇している側としてはきっと『何も入ってねぇよ。気安く触んなよ。ってかビビれよ』と思ってたと思うよ」と注意された。
挙句、つまんなくなってチビッコに走るとは。

後日談としては笑い話らしいが、私は笑えない。
周囲にご迷惑をかけたことが申し訳ないし、私自身も楽しめないので、要するに私はそういう場に向かないのだろうと思った。

どうやら私の鈍いセンサーでは、優越感をキャッチすることができない。
自慢は発言なのでまだ反応できるが、誰かの“感”を察知するというのはとても難しい。

たぶん優越を感じた経験がないせいなので、ここらで一度、練習してみよう。

なかなか思いつかない。
優で越な要素は検索の結果『該当なし』。
がっかりだ。

聞くところによると、「実際に優とか越である必要はない。本人の思い込みが大事」とのこと。

ふむ。
では無理やりにでも捻り出してみる。

…。
たとえば、私より若い人に対して、とかはどうだろう。
「へぇぇまだ10代なの。ご苦労さまねぇ。ほっほっほ。」

…。
目が悪い人に対して、はどうかな。
「あそこの看板読める?読めないの?私、読めるわよ。すごいでしょ。」

あああ、そうか。
冒頭のプチ贅沢にヒントがあるんだった。
じゃあそういう場面で考えてみよう。

…。
例が思いつかない。
だってお金出せば誰でもできるし。
節約も大事だし。

姉妹品の『肩身が狭い』も上手に体験できなかった。
どこまで図々しいんだか。
がっかりだ。

「優越感」への2件のフィードバック

  1. 遠くの看板の文字が読めるのは、うらやましいぞ。
    願い事がひとつ何でもかなえてもらえるとしたら、視力を取り戻したい、
    っていうのが、中学校以来の願い。
    でも、もう一個かなえてもらえるとしたら、どこでもドアが欲しい、っていうのが最近の願い。
    話がそれたけど、優越感は相対的なもので、目の前にいる相手にないものを自分が持っているとき、感じるものではないかしら?だから、自分より上の人がいる、なんてことは想像する必要なし。

  2. >acha
    私の視力は人工的に取り戻したものだけどね。
    誰かが優越感を出している時に読み取れた方がいいのかなぁと思って
    まずは出すところから練習してみたんだけど方法が違うのかしら?

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