敬語

「英語には敬語がない」というのを時々聞く。

確かに尊敬語・謙譲語のうち、“おっしゃる・申す” 型の独立した語としての敬語こそないが、“言われる” 型の尊敬表現も、丁寧語に当たる “です・ます” もちゃんとある。

言語学的に敬語が“語”として存在しないからといって、一般レベルの人間関係の中で敬ったり謙ったりがないことにはならない。
たとえばある一言を抜き出して、それだけを手がかりに上下関係を推測することは、英語でだってできる。

似たような誤解として「アメリカでは目上の人でもファーストネームで呼んでいい」というのがある。

学期の初め、自己紹介の時に「呼びやすい方でいいよ」と許可を出す教授はいる。
つきあいが長くなってくれば、親しみをこめてファーストネームで呼ぶ学生が増える傾向もある。
しかし通常はやはり“XX教授”や”Dr”はつけて当たり前だし、教授本人がそう名乗るのも珍しくない。
少なくとも学生が初対面の教授をファーストネームで呼びつけるとは考えにくい。

例外中の例外とはいえ、“XX大先生様”と呼ばれないと不機嫌になる教授もいないことはない。

昨日の授業の冒頭、H教授から「私のことをまだ“H教授”や“ドクターH”と呼んでいる人がいますが、いいかげんA(ファーストネーム)で定着させてください」とお達しがあった。
「私はみなさんを研究者仲間だと思っているし、肩書きで呼ばれるのは嫌いです」と。

1週目に誰かが“H教授”と呼びかけたのをはっきり訂正されたし、メールの署名はいつもファーストネームなので、そうした方がいいのはみんなわかっている。
それを受けてすでに切り替えた学生もいるが、「…うーん。でも呼びにくいなぁ」という声に賛同してうなづく学生も。
「ダメ。慣れなさい」と言われてしまった。
その後Jがつい“H教授”と呼んだら、「もう!次からは無視するわよ!」と言われていた。

リアルタイムでさまざまな情報が行き交う時代らしいが、いつまでたっても届かない情報もある。
他所の国は遠いのだ。

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