Ethnography

Ethnography(エスノグラフィー)という研究手法がある。

ethnos=people+graphein=writing。
日本語では民俗誌学というらしい。

研究者がある特定の文化の中に、通常長期の“住み込み”をさせてもらい、住民の目線で文化を内側から捉え、細かく細かく書き残す。
社会学・人類学・心理学・言語学など、幅広い分野で使われている。

たとえばアメリカ人研究者が日本に住んで、結婚にまつわる慣習に興味を持つとする。
結納ではどういうやりとりが、どんな理由で行われるか。
晩酌人とは何か、どうやって選び、いつ頼みに行くか。
結婚式の段取りや披露宴の座席にどんな意味があるか。
何をもって成功と考えられるか、失敗したらどうなるか。
…などなどについて体験しながら観察・描写し、理論立てて『日本の結婚』とかいう論文にまとめると、Ethnographyになるわけだ。

研究者は現地の言葉ができると圧倒的に有利。
会話の聞き取りやインタビューを通訳なしで理解できるし、間近で自然なやりとりを観察させてもらうためには“住民”として受け入れてもらう必要があるからだ。

ところでEthnographerはたいてい“ガイジン”だ。
不思議だと思った。
ので、聞いてみた。
ネイティブがEthnographyを行えば、文化についてある程度の素地はあるし、もともと“住民”なので溶け込む努力は不要。
言語の壁もなくて研究しやすそうなものだ。

答えはノー。
なぜなら慣習は身内の目には当然と映り、適切な問題提起が難しいから。

でもそれはどうかな?
確かに他と比較して初めて見えることもあるけど、そんな表面的なものだけではないはずだ。
もっと内側の奥深いところで疑問を捻出して、外へ向かって発信したらおもしろそうじゃん。

生まれ育った場所の“当たり前”を客観的に不思議がれる人は、多くはないがいないことはない。
本当の改革とはいつも内から起きる。

有能なスパイにEthnographyをやらせたら、鬼に金棒だよね。

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