食について

おかしなことを口走っているのは承知の上。

物価高騰や農薬への不安などが理由で、自家栽培をする人が増えているようだ。
私の周りにも時々いる。

Kさんは自宅の庭を開墾して畑をやり、さらに近所の山の一画を借りて、本格的にプチ農業を始めたらしい。
「とれたての野菜は最高」なんだそうだ。

私は自分で食べ物を育てたことがない。
なので純粋に素朴な疑問としてKさんにこう聞いた。
「自分の育てたトマトって喉を通らなくないですか?」。
ものすごく驚かれた。

苗の頃から知っていて、実の赤ちゃんがちっちゃく生って、だんだん大きくなって赤くなって…。
そんなふうに生まれた時から成長を見守ってきたものを、どうしてぺろりと食べてしまうことができるんだろうか。

Kさんは「だって食べるために育ててるんだよ?」と言う。
まるで黒い三角帽をかぶった鼻の大きい魔法使いのおばあさんのようなセリフだ。

植物的にも果実を動物に食べてもらった方がありがたいらしいことは知っている。
私は“XX主義者”ではないので、味が嫌いでない限りいろんなものをいただく。
トマトも食べる。

植物とはいえ、“うちの子”を屠殺するのに抵抗があるのだ。
食べるものならば、ぜひ初めて会ったときから食品でいてほしい。

Kさんによると、「魚だって自分で釣ったのがいちばんおいしい」らしい。
うーむ。
釣った直後に間髪入れず調理してしまうならなんとか食べられるかもしれないけど、たとえば一日でも水槽で飼ってしまったら、もう食べられない気がする。
ちなみに私はお刺身はいただくが、活け造りは怖くて食べられない。

確かにスーパーに並んでいる食品も、誰かが育てて加工してくれている。
でも生きていた過程を見ていないから、“食品”と割り切れるのだ。
早い話、他人が育てたものなら平気で食べる。
だからイチゴ狩りなど収穫オンリーなら大丈夫。
同じ理由で、仮に自分が食べられるものを育てたら、他人や他の動物に食べてもらった方がいい。

肉や魚を食べないKちゃんは、「自分の手で殺せないものを食べるべきではない」と言っていた。
なるほど、その方が辻褄が合っているような気もする。
うーむ。

話は逸れるが、動物を食べない人が「だって動物園の動物を見て『おいしそう』とは思わないでしょ?」と言うのは、いくらなんでも飛躍しすぎだと思う。
そうかと思えば、生簀を見慣れている民族の中に、水族館で「おいしそう」と言う人がいる。
うーむ。

私は栽培をした経験がないから、庭で育った植物と食卓の野菜をつなげて考えることができないのだろう。
たぶん、それだけのこと。

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