翻訳

ソビエトのエライ人、Vygotskyをずっと読まされている。

教育に、特に言語や発達心理に関わると、Vygotskyの名前にちょくちょく出会う。
とはいえたいていは、彼の仕事内容をざっくり見て通り過ぎる。

いざ読んでみると、抽象的ですぐわからなくなる。
教室&オンラインのディスカッションでは、皆が”???”を持ち寄って、ああでもないこうでもないと話し合い、だとするとこういうことかなぁと、それぞれが具体例を身につけて帰るかんじ。

たとえば避けては通れない”Sign”と”Tool”。
英語でしか読めない私たちが、「ここでは”Symbol”になっている」「”Language”の意味で使っているのでは?」「じゃあ “Mediation”は?」とやっていたら、L教授が「混乱の元が翻訳にある可能性もある」と。

なるほど。
確かに”знаковые средства”=”sign”の翻訳に、”sign”=“記号”と同じくらいの無理があっても、何ら不思議ではない。

そう考えると、先学期のB教授や今学期のL教授・P教授など、他の人の論文にも登場するその道の第一人者な人たちに、「ここはこういう意味で書かれたのですか?」と直接聞けるというのはすごいことだなぁと、いまさらながら思った。

留学ってのはそういうことかい?

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