自戒

大学という職場、について。

私は平社員として働くのが好き。
指示を受けて雑用をこなしたり、褒められたり叱られたり。
基本的には、毎日同じ場所で、同じ仕事を淡々とするのが好き。
外回りはあまり好きじゃないけど、生身の人間相手は厳しく楽しく、勉強になることが多い。
会社の規模に関わらず、平社員の意見やアイディアを吸い上げる環境も傾向として整いつつある。

数ヶ月前から大学という特殊な組織で働き始めた。
経営側はともかく、現場の専門職はチーム意識や責任感が薄い。
学生および学生上がりの集まりなので、仕事が甘いのは仕方がないとしても、そのシワ寄せがSecretaryなど事務のプロにどかんと乗っかっている気がする。

本業が仕事じゃなく学問だということが、どうしても逃げ道になってしまう。

経営を視野に入れた能力ではなく、個人の学術的な評価を基準に就職や転職をしてきた“特別社員”たちなのだ。
タレントさんに徹するならよいのに、彼らに管理職的ポジションをも与えるからややこしい。

“上司”は指示もしなければ責任も負わない。
“部下”は学者の卵であることが絶対条件なので、候補の時点でかなり限定されている。
反面、適性は条件に含まれないから、片手間以下の仕事しか期待されていない。
もちろん“部下”たちの意識が高く、うまく動いている例もあるが、偶然の要素に頼っているのは否めない。

幸か不幸か事務職員の能力は非常に高いので、ついそちらに任せる仕事が多くなる。
何らかの事情でひとりが欠けたりすると、アメリカ式の完全分業も手伝って、全体の機能が止まってしまう、という脆さはあるが、学期単位の短期運営ならそれもどうにかなる。

大看板を掲げているおかげで、学生という名の“消費者”はめったに鞍替えしない。
よって、たとえ提供するサービスの質が著しく低下しても、すぐに赤字につながるわけでもない。
この安定性は逆にも作用して、品質向上したところで業績がよくなるとも限らないので、保守的で改善を望まない体質がある。

誰もが忙しすぎて、長期的な展望を持つ余裕がないというのも問題。
好むと好まざるとにかかわらず、職場の流儀には従わざるを得ない。
難しい。

一般社会に籍を置いて、時々学校、ぐらいじゃないと、いろんな意味で感覚がズレてしまいそうだ。

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