boundary

まだ考え中でまとまっていない、もやもやの無責任な思いつき。

頭がいい”の時も書いたが、物事には境界線みたいなのがあって、それを突き抜けると基準が変わる。

たとえば“足が速い”のがクラスに何人かいる。
隣のクラスにもいる。
普通はそのレベルで十分“俊足”と呼べる。
でも地区の、県の、国の大会に出たりすると、そんなヤツばかり集まっていて、“足が速いかどうか”ということ自体にはほとんど意味がなくなってしまう。
そして国を越えると、怪物みたいなのがごろごろいる。

どの世界も最終的には同じ構造になっている。
で、たぶん鍵を握るのは“ココロの強さ”。
ココロが弱いと技術や能力を生かしきれない。
一方で強いココロは人を惹きつけ、支えを得るからさらに強くなる。

逆はどうか、と考える。
ココロさえ強かったらたいていのことは、ひょっとしたらすべてのことが、順調に進んでいくような気がする。
たとえうまくいかなくてもココロの強さが“結果オーライ”に変えてしまうのだ。

ココロの強さにも境界線があるか考える。
俊足と同じようにあるレベルを越えると、それはもうココロの問題ではなくなる。
いろんなことがどうでもよくて、競争や比較に意味がなくなる。
“悟り”とか呼ばれるのはそういうことかな。

どうでもいい穏やかな毎日は楽しいのだろうか。
退屈だろうか、悲しいだろうか。
それもどうでもよくなるのだろうか。

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