全力を尽くせない人がいる、ということがぼんやりわかってきた。
止めようと思っても、全力が出ちゃってしょうがない人がいる。
血縁で受け継いじゃってたりすると、残念ながらあきらめるより他にない。
改善・改悪の可能性もまずないと思う。
生得的というか自動的というか。
言い換えれば全力を出すしか知らない。
そういう意味で“意図”を入れる余地がない。
本当にもう、どうしようもない。
で、vice versa.
たとえば眠くても辛くても、そこに子どもがいたら、呼吸をするぐらい無意識にその子のために身を削る人と、愛情は確かにあるのに、どうしてもできない人とがいる。
たまたま社会的に認められているので、前者は存分に全力が出せる。
一方で後者は評価が低いし、実際子どもへの影響もよろしくない。
となると努力を要することになる。
勉強とか仕事とか家庭とかもそうで、運がよければ嬉々として全力を投入できる。
不向きな人ばかりがいつも努力を強いられる。
気の毒なことだ。
世の中は公平にできていない。
恋愛だけはちょっと違うかな。
社会とは別世界だから。
“全力派”は珍しく制御を求められる。
他で自由にさせてもらっているだけに、一段と難しい。
そこを飛ばすか乗り越えるかするまでしばらくしんどい。
“全力度”が近い人間関係は、たぶんだいたいのことがなんとかなる。
これがかけ離れていると厳しい。
“出し方”のスタイルは違ってもいい。