英語力

自分の英語力について。
あとで振り返るために、現状を正直に記録しておく。

日本にいる時は、教えるという立場上、「話せる人」でいる必要があった。
もちろん本人は弱点があることを百も承知だが、「ぺらぺら」に代表される最上級の形容も、不本意ながら受け止めなければならなかった。

アメリカに来てからも、“ガイジン”でくくられているうちは楽なものである。
たとえばホテルや病院、留学生としての行事。
私の英語は”perfect”だとか”beautiful”だとか言って、おだててくれる。
「アメリカ人か?」とさえ聞かれる。
(この質問自体が実にアメリカ的発想で、それはそれでまた別の問題ではあるけど)

同居人との会話や電話、銀行や図書館なども、特に支障はない。
北部は早口だと言われるし実際そうだけど、聞き取れないほどではない。

しかし、ひとたび教室に入れば、私の英語力など下の下の下。
そもそも英語力を評価される機会がない。

最初の授業はほとんど理解できず、絶望的な気持ちになった。
惨憺たるとはこういうことかと思った。
テキストを読み込んで、最低限の武装をして授業に臨むようにしたら、だいぶ理解できるようになったが、それでもかなりの集中力と体力を消耗する。

アジア人は総じて消極的だと言われるが、私はそんなタイプではないはず。
だがここでは質問ひとつできない。
疑問を持つにもまだずいぶんと時間がかかりそうだ。
なので“消極的なアジア人”に甘んじていることになる。
情けない。

クラスメートの発言になるほどと思うこともあるが、完全に聞き逃すこともある。

「知りません」とはっきり言えるのはすごいことだ。
常識と知識の境界が見えない。

課題は何を要求されているのかがはっきりしない。
こうでもいいしそうでなくてもいい。
答えがないので自信がつかない。
ほとんど闇雲に書いて提出するのみ。

プレゼンテーションは何週間も先の課題だが、今からとても気が重い。

最初の学期に留学生が全員経験する苦難だそうだ。
「慣れれば解決する」とみんな言う。
今はとても信じられないけどそうらしい。

ということはこれは英語力の問題ではないのか?
いろんなことがごっちゃになっているのかもしれない。

「英語力」への2件のフィードバック

  1. 私、留学すぐのときは、授業を一番前の席で聞いて、録音してたよ。テープ起こしはそれなりに時間がかかるけど、慣れてきたら全部は聞かずに部分的に聞きなおすようにして、最後は必要なくなった。少人数だったら先生に断っておいたほうがいいかもしれないけど。なんとなく、安心感だよね。最初っから優等生じゃなくてもいいんじゃないの?

  2. >acha
    「優等生」って…そんなキャラじゃないよ(一部の人が大笑いしているのが見える)。
    使用前・使用後の比較分析のために書いておいたの。心理言語学かな。
    こんなに苦しいんだから後できっといいことがあるんでしょう!(←無理やり)

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