感想

共感を狙いにいかない私の、個人的な感想。

「日本語を学ぶ」と思っていたのは私だけで、正解は「日本を学ぶ」だったみたい。
でも、勘違いがあったおかげで紛れこめたんだし、紛れこんだおかげで勘違いに気づけたのだから、まぁいっか。

おもしろいかつまらないかで言うと、まあつまらなくはなかった。
もっとおもしろい予定だった。
好きか嫌いかで言うと、思ったほど好きじゃなかった。

私には、ちょっと日本が濃すぎたのだと思う。

私は日本が好きだけど、それはたぶん通に言わせれば、食ったうちに入らないぐらいの日本なのだ。
旨味も奥行きもない、しょうゆを水で薄めただけのスープ。
あるいはおみやげの宇宙食アイスクリームみたいなもんで、それらしい味はするけど、本物とは似ても似つかない。
で、“自称日本好き”として、意気揚々と本場の日本を味わってみようものなら、口には合わないし消化もできない。
ぎゃふん。

私は日本が好きだけど、それはごくごく浅いレベルでの話であって、どうやらあんまり深入りしたいとは思っていないらしい。
まぁ、それでもだからといって“自称日本好き”を返上しなくちゃならないかというと、そんなこともないだろう。
永住権ホルダーだけど、こうなったら感覚的にはホームステイで暮らすとしよう。
自分の好きなところだけ都合よくつまみ食いして、せっせと想い出を作る日々。
非日常な日常。
それはそれで悪くない。

高校生になって地理的な行動範囲が広がって、自分はずいぶんよそよそしい地域で生まれ育ったことを知った。
急に雨が降ってきたとき、近所の人に「洗濯物、取り込んどいてあげたよ!」と言われたら、ありがたがる文化があるということを知った。

きっちり準備して、場を温めるのに時間をかけすぎて、端折れなくて段取りどおり全部やったら時間が足りなくて、終了時刻には終わらず、追い出されてもまだ立ち話してる、みたいな文化があることも知った。
初対面では人見知りで、少し親しくなるといきなり明け透けになったり、やたらくっつきたがったりする人がいるのも知った。

好きとなったら隅から隅まで大大大好きで、嫌いとなったら袈裟まで憎い。
不便は我慢、暗黙の了解、根回し。
全体とまれ、やすめ、気をつけ、前へならえ。
「クリティカル」や「アウトロー」を目指して、うなずきながらひたすらメモをとる。
感情が判断の基準になることを、わりと歓迎する。

私は日本が好きだけど、日本の全部が好きなわけじゃない。
むしろ苦手なところの方が多い。
知れば知るほど、たぶん苦手が増える。
だから、もうこのぐらいで、いっかな。
愛も知識も情熱も足りない。

種を蒔いているそもそもの人は、日本を熟知していて、日本への愛が深くて、だからこそ濃くならず適度に保っているように思う。
そこが肝心だと思うのだけど、それは本人の中であまりにも完結されてしまっていて、伝える仕組みができていないのかもしれない。
せっかく学びの場を作っているのに、もったいない。
伝えるつもりがないのか、伝わっていると思いこんでいるのか。
ま、そういう本質的じゃない取り巻きの形成も、ガラパゴス的で日本的なのかな。
矛盾を抱きしめる、かな。
そこにあえてメスを入れてるのかと思ったんだけどな。

というわけで、ひと通りお箸をつけて、たまには無理やり呑み込んで、はい、ごちそうさまでした。

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