音楽と英語

音楽的な学習環境や学習者の成長っぷりをゆるく観察して、そこから英語学習について考える。

私は音楽とほぼ縁がない。
音楽の演奏経験は幼稚園でお琴を少々、小学生でピアノを少々、あとは学校の授業でリコーダーを吹いた程度。
中学・高校時代はライブによく行き、CDもそれなりに持っていたし、高校生以降は通学時などに音楽を連れて歩いていたような記憶がある。
が、音楽にハマった時期はなく、いまや完全にNo music, no matter。
音楽がなくても問題なく生きていけるタイプ。

そんな門外漢の私が、チラ見でいいかげんに観察する限り、日本人の音楽的能力は格段に上がってきている。
一般日本人の歌唱力は、たとえば一般アメリカ人の歌唱力などとは比較にならないほど高い。
欧米には「しゃべってんのかと思ったら歌だった」みたいな人が結構いるんだよね。
日本人は気づいてないけど、日本人はもともと平均的に歌がうまく、近年さらにうまくなった。
楽譜も読める人が多い。
真面目で手先が器用なので、楽器もうまくなってるんだろう。

もちろん音楽など芸術で成功するためには、技術以外に大事な要素がたくさんあるので、よく勉強して、みっちり練習して、うまくなればプロになれるというわけじゃない。
また、日本人の平均的な音楽能力が高くなったからと言って、それが直接的に国内のトップクラスや世界レベルの上層部に影響を与えるわけでもないだろうし、それはまた別の話なんだろうと思う。
このあたりは、何の分野でも結局そうなっている。
が、なにはともあれ、音楽的技術の面で日本人は世代を追うごとにぐんぐん上達しているように見える。

テレビのバラエティ番組で音楽的分析や解説をして、多くの人が興味を示し、理解し、なんならそれを実践に生かしているあたり、日本人は音楽学習にかなり真面目に取り組んでいる。
オンライン、オフラインとも、音楽を語り合い、知識を戦わせる場が増えているのかもしれない。
音楽教室やボイストレーニングに通う人もいるのだろうし、自宅でYouTubeなどを使ってレッスンを積んでいる人もいるのだろう。
音声や動画の撮影が手軽にできることは、自主トレや反復練習を効率よく行うために効果的だろうし、私はぜんぜん知らないけど、いまどきのカラオケは、価格的にも機能的にも、個人の歌唱力アップにずいぶん貢献しているのだろう。
ミキシングや編集も、自宅で誰でも簡単にできるから、制作のハードルも低くなってるんだろう。

日本人の音楽は、学習環境が劇的によくなり、学習者は理論と実践のバランスを保ちながら、指導を取り入れつつ熱心に練習を重ね、楽しみながら上達しているように、少なくとも素人の私には見える。

で、さて。
なぜ同じことが英語で起きていないか、だよ。

お金をかけず入手できる英語学習の情報は、音楽と同じか、ひょっとしたらそれ以上にふんだんにあるよね。
語り合う場も教室も、どこにでもたっぷりあるよね。
分析も解説も、練習方法も、教えてくれる人はいくらでもいるだろうし。
YouTubeも録音・録画も、自宅で誰でも簡単にできるんだし。
できたらかっこいい具合も、音楽と同じくらいじゃないのかな。

日本人の英語は、音楽ほどメキメキと上達してはいない。
たとえば中国人の大人たちは子ども世代の英語を見聞きして、「自分たちの頃とは比べものにならない」と舌を巻くけど、日本人の英語はそんなふうにはなっていない。
私の知る限り、日本人の英語はひと昔前ともふた昔前とも、さほど変わっていない。
音楽と違って、英語はよく勉強して、みっちり練習して、うまくなればそれだけで“成功”になるのにさ。

不思議だねぇ。

ついでに言うと、これだけ日本人が音楽的に成長を遂げても、「音楽教育の賜物」という賛辞は聞こえてこない。
日本の英語教育は、いつか日本人が英語的成長を見事に遂げ、「英語教育の賜物」という賛辞を浴びるべく頑張っているというのに。

不思議よねぇ。

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