「4技能化」

またしても、とてもいまさらな質問だと思うけど、「4技能化」って、何?

あちこちで見かけてはいたんだけど、意味がわからないまま興味もわかず、放置してあった。
先に結論を言ってしまうと、結局いまだにわからないのだけど、多少興味がわいて、調べるところまではやってみた、という話。

「4技能化」。
日本語ネイティブの直感を利用して、とりあえず「『4つ』の『技能』へと『化す』ってことかな」という仮説を立てる。
軸となる語は「技能」だろうから、まずはその意味を確認する。

ぎ‐のう【技能/▽伎能】
あることを行うための技術的な能力。うでまえ。「―を身につける」「特殊―」(デジタル大辞泉

ぎ‐のう【技能】
技芸を行ううでまえ。技量。「―検定」「特殊―」(広辞苑 第五版)

うん、「あることを行うため」っていう部分、大事。
技能が技能であるためには、前提として、ある決まった目的と枠組みが必要で、「あくまでもその中で」という話であることを理解しないといけない。

で、「4」ということは、考えられる可能性として、
・「能力、うでまえ、技量」には4つの異なる性質・種類のものが存在する。
・「能力、うでまえ、技量」は4種類に分割・分類することができる。
ってなことかしら。

「能力、うでまえ、技量」というものは、本来は数えるのも分けるのも不可能だと思われるので、それをしようと思えばどうしても「たとえばこの枠内で、こういう線引きをするとして…」という「仮の話」を持ち出すことになる。
数字や文字などの記号が、「たとえば、とりあえず、ここは仮に」で始まってくれたおかげで、私たちの世界はさまざまな形で発展することができた。

審査や判定において、結果を通達する側が、「できる・できないを素早く、明確に仕分けるシステムを作って、審査・判定を大量かつ同時多発的に行えるようにしよう」と思い立った場合にも、こうした「仮の話」はとっても便利。
「自動車の運転」という枠内で、「発進」「右左折」「後退」「駐車」など、あるいは「操作」「通行」「安全確認」などの線引きを行うと、運転に必要な技能が備わっているかどうかを調べるチェック項目ができあがり、いったん項目ができあがれば、審査員はそれに従ってマルバツをつけて、最終的にマルの数を数えるだけで合否判定ができるという、「仮ではあるけど、じゅうぶん便利なシステム」が得られる。

で、「4技能」に「化」が付いているということは、たとえば
・「能力、うでまえ、技量」の分類がはじめて行われ、その結果、4に分けられた。
・「能力、うでまえ、技量」に新しい性質・種類の存在が確認され、加えられて4になった。
・「能力、うでまえ、技量」と思われていた性質・種類のうち、1つ以上の存在が否定され、削られて4になった。
・「能力、うでまえ、技量」の分割・分類方法が変わり、より細かくなって4になった。
・「能力、うでまえ、技量」の分割・分類方法が変わり、より大雑把になって4になった。
などが考えられる。

つまり、「4xx化」を実現するためには、「数えたことなかったけど、数えてみよっか」、3以下だったのものに「これも入れよっか」「ここ分けよっか」、5以上だったものに「削ろっか」「これとこれ、一緒にしよっか」、のいずれかを施す必要がある。
今回はじめて数えるにしても、もともとの「3」も「5」も、新しく登場した「4」にしても、あくまでも「ある枠内でだけ使える、仮の話」ではあるのだけど、「あると便利なもの」を作る目的で、数えたり増やしたり減らしたりしながら、システムを開発したり改良したりするのは有意義なことだと思う。
数え方や分け方は不完全で常に発展途上だとしても、「とりあえず」とはそういうもの。
どういう枠内で、どんな仮の話を誰がして、なぜそう決まったかが明らかになっていて、かつ、その枠の中に限って使う分にはまったく問題がない。

だから、運転免許と同じように、判定のためのシステムとして、たとえばETSが「うちの試験では、こういう理由で、こういう技能の線引きをして、過去には2つ、3つだった基準を、新たに4つにすると決めました」(参照)と明言し、実行するのは構わないと思う。
TOEIC、TOEFL、IELTS、Cambridge English exams、Pearson testsなどに倣って、日本の英検が3つまたは4つの技能を測定することに決めたのも、別に構わないと思う。(参照
各社が独自の基準と理由をもって、特定の試験という「枠組み」の中の「仮の話」をするのは自由。
それぞれが内部で議論を重ね、方針を立て、改善し、ライバル社としのぎを削るのは、少なくとも英語の試験という産業の発展にとっては良いことだろう。

問題は、「枠組み」を出たような出ないような、「仮の話」のようなそうでもないような、諸々をぼかした状態で物事が進むこと。
強引に開始し、押し通し、ぼかした部分から注意を逸らすための既成事実をせっせと作ること。
なんとなく決まって、知らないうちに流行って、気づいたら“証拠”が積み上がっていて、「じゃあ、それで」で続けているうちに、「いまさら変えられない」にたどりつくという、いつものパターンに陥ること。

「4技能化」が何を意味するのかはわからない。
増えて4なのか、減って4なのかすらはっきりしない。
おそらく私にはあんまり関係もない。
でも、私はこの「いつものパターン」がとにかく嫌い。
“うちのコ”たちがバカにされている気がするのだ。

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