Distinguished

師匠の晴れ舞台にお呼ばれ。

Distinguished Professor というのは、全米最大の高等教育機構である我が大学の、現役だけで何万人もいる教授陣の最高位のこと。
うちの師匠が選出されたのは2015年だったが、なんだかんだで記念式典が延び延びになっていて、ようやく今日、執り行われた。

駐車場が埋まっていたのでぐるぐるしていたら、会場に向かう師匠と奥様とエスコートの3人組を発見。
遠目だったけど、あの真っ黒のロングコートにサングラス、すぐわかる。

キャンパスの、あんまり行かない側の建物。
「足を踏み入れるのは初めて」なんて思ってたけど、部屋に入ったら思い出した。
いまは亡きA教授がDPを授与されたときの式典に来たことがあったのだ。
そうか、あれと同じことに、うちの師匠がなったということか。

立食コーナーで、上質なスーツに身を包んだ師匠に声をかけられる。
握手をしてお祝いを言うと、「何がだ」とかかわいくないことを言った後、なんだかよくわからないことをブツブツ訴えてくる。
ははぁ、緊張してらっしゃいますね。
うちの師匠は、もうじゅうぶん偉い人なんだからいいじゃんと思うんだけど、地位や名誉に絡むと必ずこうなる。
まぁね、今日は大舞台ですしね。
しかも勤務地であるこのキャンパスでの講演は、これがわずかに2回めなんだってさ。
それはそれは。

立派なしつらえの会場には、学部長、学科長をはじめ、錚々たる顔ぶれが。
もちろん、弟子仲間や学科の教授陣もいる。
で、声をかけられて、そのたびにかっこ悪い話を繰り返して、繰り返し慰められる。
ま、行けばこういうことになるのはわかっていたけどさ。

師匠と親交の深い、コミュニケーションのP教授、S教授の姿を発見。
ここで一瞬でもためらうと勇気が必要になってしまうので、お見かけし次第ご挨拶に行こうと決めていた。
P教授には真面目にアドバイスされ、S教授にはからかわれ、何事もなく終わり。
案ずるより産むが易しとはまさにこういうことなのだな。

師匠の華々しい出版歴を眺めて、「あぁ、あのとき採ってたデータだな」とか「あの学生がいたときのことだな」とか思い出す。
結構覚えているもんね。
てか、私、よく知ってんね。

講演は、まぁもちろん内容は知っていることばかりだったけど、こうやって改まって師匠の話を拝聴するのは数年ぶりだし、聴衆のほとんどが専門外というのは珍しいので、「そうか、初めて聞いたらそんな反応なのね」とか、新しい発見もあった。
「師匠の研究と、いま自分がやっていることのどこがどう近いのか」とか、「なぜ私はこの人のもとで研究をやっているのか」とか、ま、それも知ってはいるんだけど、認識を改めることができた。

終了後は妹弟子の悩み相談に乗って、偉そうなことを言って、やたらありがたがられた。
私の研究に影響を受けているそうなので、それは重大な選択ミスである点をしっかり指摘。
師匠も止めてあげればいいのに。
その後は、事務的な作業をして、図書館で、頼んでおきながらすっかり忘れていた本を受け取って、キャンパスの普段行かない側の、行きとは違うルートを選んで帰ってきた。
来月、つつじが咲いたらまた来よう。

大学の人の生活って、そういえばこんな感じだった。

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