気が利く

気が利くってすごいなぁと、改めて。

学会に参加して、ものすごく頭のいい人に会うことはよくある。
賢い人ほど、精神的な強さ、視野の広さ、優しさを兼ね備えているもんだと感じることも、よくある。
でも、ここまで気の利く人たちが集まっているのは初めて見たと思う。

世界中から、言語コーチや言語コーチングに興味のある人が集合してみたら、それはそれは気の利いた場になった。
気が利くというのはとても微妙で繊細な動作の結果に生じる描写なので、派手なことは何ひとつ起きない。
「気を利かせてまっせー」という見た目のわかりやすさも、「ホラ、こんなことをしてあげる私って、気が利くでしょ?」というアピールも、全然ない。

空になった瓶がいつの間にか新しいものにかわっていたり、知らないうちにゴミが消えていたり。
気持ちの良い空気が入って来てから、誰かが窓を開けてくれたことに気づいたり。
誰かがジャケットを羽織ると同時に窓が閉まったり。
前方の人が姿勢を変えるとき、後ろの人の視線を邪魔しないようチラッと確認したり。
近くの人が発言するときはそっと下がったり。
ちょうどいいところに、ちょうどいい感じのお菓子が現れたり。
デモンストレーターが「あ、手がふさがりそう」と思うと同時に、立ち上がってサッとマイク係をやる人がいたり。
会話の途中で入った人を、ごく自然に溶け込ませたり。
隣の人が席を外してしばらくすると、別の人が話しかけてきたり。
一方で、沈黙も、一人にさせておくことも、どうってことなかったり。
協力するとか、手伝うとか、譲り合うとかは、もう、当たり前すぎるぐらい当たり前。

なんなの、この人たちは。
いくら言語や教育やコミュニケーションが本職の人たちとはいえ、いくらempathy やcompassion の“プロ”とはいえ、このさりげなさ、いろんなちょうど良さ、快適さは尋常じゃない。
表現としては、「みんながこぞって気を利かせあってる」というのが近いだろうか。
いや、違うな。
なんかもう、そんな次元の低いことじゃないんだ。

で、まぁ私も普通に何かしたりするじゃん?
すると必ずすぐに誰かが気づいて、「That’s a good idea.」とか「You’re so thoughtful.」とか言ってくる。
なんなの。
いや、まぁ言語コーチなんて手間のかかることをわざわざやろうとする人たちだから、どうせこんなこったろうと思ってなかったわけでもないんだけどさ。
すごいところへ紛れこんじまったね。
こんな人たちが、一人ひとりにぴったり合った方法で、言語学習がきちんと進むようにサポートするってんだから、そこらの既製品の学習が太刀打ちできるはずないよね。

ところで、これだけ「気が利く」が多発すると、英語ではその都度、「thoughtful」「attentive」「mindful」「considerate」などのアンテナ系、「smart」「wise」「intelligent」などの知性系、「kind」「nice」「sweet」などの性質系、ってな具合で、褒めどころを明確にする必要があることに気づく。
そうか。ふわっと全部をひっくるめた「気が利く」という表現は、とても日本的で粋なものなんだな。

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