恐怖症

「決める」ということが、どんどん怖くなってきている。

決めなきゃいけないことを決めないまま、先送りにする。
すると、新たに決めなきゃいけないことが発生して、まだ決めてない「決めなきゃ」の上に載っかってくる。
その上にも、そのまた上にも、どんどんどんどん載っかってくる。
「決めなきゃ」がうず高く積み上がって、怖くなって、また先送りにする。
きゃー。

こうして書き出してみると、なんてバカバカしいことなんだと思う。
思うんだけど、当事者になって、先送りや積み上げをせっせとやっている渦中に身を置くと、そのバカバカしさが見えなくなってしまう。
恐怖に支配されるって、そういうこと。

「決断恐怖症」という名前を思いついて、そんなものが世の中にあるのかしらと思って検索してみた。
あるにはあるらしい(参照1 参照2)が、でもなぁ。
これは別に「真実」とか「権威」とかの話じゃない。
「自信」とか「不安」とかは、まぁ私とヤツらは切っても切れない仲だから、無関係とは思わないけど、これについてはちょっと違うような気がする。
どっちかというと、Procrastination(参照)の重症バージョンじゃないかな。

ま、よくわかんないけど。
分析してもしょうがないし。

とにかくそのバカバカしさに気づいたのを記念して、弾みで決めちゃうことにした。
そしたら決まった。
びっくりするぐらいパパっと決まって、ササッと終わった。
「決まっちゃったぁー…」という、なんというか取り返しのつかないような、後ろめたいような気持ちはあるけど、「決めなきゃ」の恐怖は消えた。

恐怖の正体って、こんなもんなんだと思う。
バカバカしい。
幽霊の正体見たり枯れ尾花。

ではあるのだけど、今のこの感覚を私はすぐに忘れて、いつの間にかまた何かしらの恐怖を抱えて怯えてしまうのだろう。
グズグズ、うだうだしちゃうんだろう。
そのたびに、私は今回同様、心優しく賢い友人たちに助けを求め、「Unknown イコール最悪とは限らないでしょ」「感情に支配されちゃダメ」「怖くてもやってみたら大丈夫だった経験を思い出して」とリマインドしてもらうのだろう。
ありがたいやら、情けないやら、やっぱりありがたいやら。

ここから短い間のうちに、怒涛の「決めなきゃ」ラッシュがやってくる。
あの恐怖にまた襲われるなんて、考えただけでもう恐ろしい。
これはもう、「決断恐怖恐怖症」だな。

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