色順

「お絵かき道具を色順に片づける」という知らなかったルールと、それにまつわる考えごと。

友人の子が4歳のお誕生日だというので、日本代表として、日本ならではのお絵かき道具をプレゼントした。
日本人なら誰でも知ってるおなじみの道具だが、アメリカではほとんど知られていない。
製造元である会社はアメリカにもあるが、こちらでは子ども向けの商品をほとんど出していないのだ。

Amazonへ行ったら、日本で売っているのと同じものが見つかった。
今回はスタンダード版ではなく、ちっちゃい手にフィットする短めの、紙箱入りを選択。
箱にはびっしりといろんな説明が書いてあるが、先方は日本語が読めないので、プレゼントを渡す前に一通り目を通しておく。

で。
この説明書きが目に留まった。
「かたづけかた 1. 使いおわったら(太陽)のいろにあわせてはこに入れよう」

箱には左から「あか・だいだい・うすだいだい」の順で「くろ」までの12色が並んでおり、カチッとはまるタイプの片づけ位置の上部にはマッチする色の太陽が描かれていて、それにそろえて片づけるためのガイドラインになっている。
検索してみると、商品によって多少文言は違うが、このルールは他の商品にも書いてあることがわかった。
つまり、買ったときと同じ状態になるように、毎回、指定の色の順番どおりに片づけることが推奨されているのだ。

うぅぅーん?
そんな必要、ある?
これっていいこと?よくないこと?

いろんな疑問がぱぱぱっと浮かんだけど、例によって私の感じ方がズレている可能性は大なので、あえて方向付けをせず、周囲の人たちに「こういうのがあるんだけど、何か感じることある?」とざっくり質問してみた。

たとえばアメリカで子育て中のママたち。
特にご近所の中国と韓国出身の友人からは、「わかるけど、個人的には賛成しないなぁ」という反応だった。
彼女たちによると、中国や韓国でも、特に都市部の若い世代ではこの手のルールどおりに子どもが育つことをよしとしない風潮があり、商品に片づけかたが印刷されているというのは意外、ということだった。
イヤ、日本人的にも意外だったけどね。

そのうえで、「こういうことがきっちりできるってところが、日本の強みだよねぇ」と言われた。
ルールに対して文句を言わず、黙って従い、途中でダレたり勝手に乱したりしないで、最後まできちんと守り続ける。
そこが彼女たちの母国との違いで、アジアにおける各種の発展の差になっている、という方向へ。
うーん、どうだろ。

外国出身で日本で子育てしている親が、これについて何か意見を出してないかなと思ってざっと調べたが、探し方が悪いのか、日本語でも英語でも見つからなかった。
「ここがヘンだよ」的な何か、あってもよさそうなんだけど。

続いて、日本出身でアメリカに住んでいる日本人たちに聞いてみた。
全体的に「こんなルールあったんだ!」「初耳!」という反応。
特に教育関係の人たちからは、「howを教えるよりwhyを考えさせることの方が重要」「色彩の法則を教えるためだとすれば、直線の、この独特な順番には無理がある」「使ったものを元の場所に戻す習慣づけだとしても、色順にする必要はあるのか?」「神経質に並べ方を強要する大人がいたら子どもがかわいそう」などの意見が集まり、「自由に並べさせて、その並び順を他者に説明させる、というように持っていけると、個性を伸ばし、多様性の理解につながり、他者の考えを尊重することにもなるので、教育的に有意義」というようなアイディアが出た。

うんうん。
私の最初の反応も、まずはいわゆる没個性というか、ルールを敷くことによって、何も考えないでただ並べる子が増えそうだなということだった。
また、仮にルールを守るとしても、その実態は、新品同様に並べるのが好きな子、ルールを守るのが好きな子、本当は違う並べ方がしたいけど我慢してる子などいろいろいるはず。
ルールで統制することは、それぞれの子の違いを観察することを難しくさせる。
大人たちが子どもの思考プロセスを無視して、十把一絡げに「きれいに並べられた」という結果だけを評価していたら嫌だなぁと思ったのが、他の人の考えを取材してみようと考えた動機だった。

感じたことを自由に語ってもらう中で、自身の子ども時代を振り返る人が多かった。
「大人に言われない限り、並べ方に頓着することはなかったと思う」「何も考えずにきちっと守るタイプだった」「独自ルールを作って並べ替えるのが好きだった」「グラデーションになるようこだわっていた」など、多種多様な体験談が。

ふむ。
そういえば私はどうだったかなと考えてみると、基本的には新品同様が好きなタイプだった。
友達に貸して、返ってきたときに順番が乱されているのは好きじゃなかった。
でも、その日の気分で独自の並び順にすることがよくあって、「背の順」や「あいうえお順」にして、一人で満足していた。

それで気づいた。
私はいろんな並べ替えをしてはいたが、そこには「色」の要素が一切なかったのだ。
なんてこと。
あんなに色まるだしの商品を並べるってのに。
道理で大人になった私には色のセンスがまったくないし、色を記憶するということができないはずだ。
あれはきっと子供の頃に鍛え損なったせいだ。
そして「あいうえお順」て。
言葉に頼りすぎも甚だしい。
とほほ。

ネット上では「クレヨンを並べるとき」というタイトルの投票が見つかった(参照)。
それによると、2005年時点での総投票数94をもとに決定した“日本の標準”は「順番どおり」だったようだ。
ただし、コメントを読む限り、箱に書かれたとおりというのは少なそう。
独自ルール、特にグラデーションに並べるのが好きな人が多い気配。
11年経った現在、この手の投票をやったらあっという間にものすごいサンプル数のデータが採れそうだけど、やっぱり「ばらばら」は少数派かなぁ。
色鉛筆もクレヨンも、バケツやジップロックにずざざっと入れるアメリカでは、この投票は成り立つかなぁ。
このあたり、世代間、文化間、性別間、家族構成やきょうだい間などで、いろんな調査ができそうだよね。

「順番どおり」のコメントの中にあった「いつも同じ色順にしておけば他の色が先端に付着しない」というのは納得。
確かにクレヨンだとそうだよね。
そして冒頭の、私がプレゼントした色が付着しない日本の画期的な発明品は、その伝統を受け継いでいる気がする。
本当は発明にともなって、むしろ「もう色順に並べなくてもいい!」というのが売りになってもよかったのにな。

ところで、この投票の呼びかけの中にある「子どもの並べ方が気に入らないので黙って直す」という親には批判的な意見が集まった。
「親の好みを子どもに押しつける」「子どもに考える機会を与えない」「親の考えが子どもに伝わらない」「子どもは自分のやったことを否定された気分になる」「親の顔色を見る子になる」「最終的に親がやるのなら、自分は片づけなくてもいいという考えにつながる」など。
子どもが何をしようとしなかろうと、モタモタしていようと失敗しようと、親の側はやきもきする気持ちをぐっと抑えて黙って見守り、できれば子どもの行動をおもしろがって観察してもらいたいよね。
このあたりからは、子育て論に展開。

その他のネタ的には、たとえば「はだいろ」の名称変更から人類学や社会学方面へ。
「うすだいだい」と「しろ」のどちらを入れるか、というところから、色彩・芸術的感覚と合理性やマーケティング方面へ。
幼少期の色彩感覚の影響から、太陽や虹の色の話を経て、言語・文化方面へ。
ルールとマナーの違いや、それを逸脱する勇気、解放感、罪悪感から、心理・コミュニケーション方面へ。
…などなど、いろんな方向に話題が広がる可能性を大いに含んでいることがわかった。
サイエンス系、特に自然科学の人たちの反応も聞いてみたいよなぁ。

というところまで進んだうえで、いまさら感はありつつ、現状把握のために日本の保育士や子どもにも取材。
なんともあっさり、「保育園で色順に並べる決まりはない」「そんなこと先生に言われたことない」。
あっそう。
ならよかった。

さらにいまさら感を強くしつつ、製造元に理由を尋ねてみた。
「箱に印刷した色名の通りにおさめることで、学童が色名を覚えると言う利点がございます。
また、決まった場所にものを収納すると言う、片付けの基本動作も身に付く手助けとなります。」
と、たいへんご丁寧なお返事をいただいた。

ま、ま、ま。
今回の私のプチ取材に限っていうと、その狙いは、保育や教育の現場および家庭には届いてないみたいで、さらに、あらためて説明してみたところであんまり賛同は得られない模様でございます。

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