Transparency

投票日まで11日となった、このタイミングでの、FBI長官のこの決断。(参照
で、考えた。

どっちに転んでも、良くないことが起きるのは明らか。
でもどっちかに決めなきゃいけない。
ぐずぐずしている時間はない。

実際のところ、何が出てくるのかはまだわからない。
でもわかるまで待ってはいられない。
まったく関係がないわけではないかもしれないが、関係があるというほどでもないかもしれない。

公表すれば、瞬く間にニュースが世界中を駆け巡る。
一方の陣営にとってはまたとない燃料注入、炎が一気に燃え上がる。
もう一方の陣営は火消しに奔走する。
公表しなければ、あとで真実が明らかになったとき大変なことになる。
隠蔽したことにもなりかねない。

何をどうしたって、必ず敵をつくる。
確実に恨みを買う。嫌われる。不信感を持たれる。
正解はないどころか、どれを選んでも不正解。
でも、やんなきゃいけない。

絵に描いたようなジレンマ。
だからこその、判断。

私は個人的に、今回の長官の決断を支持している。
少なくとも、彼は迅速に態度を決めた。
二の足を踏まなかった。
そして、おそらくは有権者、つまり国民に対してできるだけ誠実であろうとした。
民主主義に敬意を払い、国民の知性を信じようとした。
職員に正直な気持ちを周知し、組織の長として、部下への信頼を示そうとした。

だったら、もう、それ以外はしょうがない。
そういうことなんじゃないかな。
たとえ、後で「ちぇ、なんだったんだよぉ」ということになろうとも、今このタイミングで決断したということの価値は変わらないと思う。

ある1つの作用によって、なにもかもが丸く収まり、すべての問題が解決してみんながハッピーになる…なんて魔法は存在しない。
透明性しかり、道徳しかり、宗教しかり、教育しかり。
それらを高めたり広めたりするのは、まぁやらないよりは良いという場合が多いような雰囲気が、相対的に、あるいは印象的に、少なくとも今のところはあるから、ひとまずその方向で物事を進めましょうという全体的なムード自体はアリだと思う。
でも、それだけで解決しないことは多分にあり、新たな問題を生むことも多分にある。
だからこその、判断なのだと思う。

あいまいで慎重で事なかれ主義の集団には、判断が足りない。
判断に伴う敬意と信頼と責任感とプライドが足りない。
後手後手でこんがらがって、平謝りに謝るしかなくなるなんて、みっともない。
判断しようとする人の足をひっぱったり、判断した人の揚げ足を取るのは哀しい。

個人しかり、組織しかり、国家しかり。
がんばれ、ニッポン。

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