3rd Presidential Debate

別に見なくてもよかったんだけど、いちおう見た。

レストランで夕食をとりながらアメリカ人の友人と選挙の話をしていた。
政治に詳しい彼女に、「まだある?さすがにもうない?」と尋ねると、「ないことを心から願うし、ここまで来ていること自体があり得ないし、いくらなんでもないだろうと思うけど、わからない。本当に予想できない。Anything can be possible.」
マジかぁ。
第三党の候補者や支持者についても(参照)聞きたかったことが聞けてよかった。

たまたま私の席からよく見える位置にあったテレビには、「開始まであとX分」というカウントダウン表示が出ていた。
で、なんだかんだで家についたら、もう始まってはいたけど普通に間に合ってしまった。
じゃ、ちょっと見るか。

過去2回同様、数分でイヤになっちゃったんだけど、他のことをしながらなんとなくつけっぱなしにしておいた。
ある程度知っておかないと、あとでパロディ(参照1 参照2)を見たとき、不完全燃焼になる。
「あぁ、あったあった」と、パロディのおもしろさを残さず味わいたい。
いわばその予習のためだと思えば、イヤになっちゃうようなディベートも我慢できるというものだ。

それでもやっぱりイヤになっちゃったので、途中からはLive Fact Check(参照)に目をやりながら聞いていた。
とはいえ、私の興味を引くのは政治と関係のないことばかり。
「この精度のものが、この速度で出せるってすごいなぁ」「このCrosstalkのところも、会話分析だったら要るよなぁ」など書き起こしについて。
「この記者は早いなぁ」「なるほど、ここを書き直してたのか」など、書き込みについて。
「私、こういう仕事、向いてるかもな」「でも、いちいち“証拠”を突き止めるクセがついちゃって、日常生活に支障がありそう」などFactcheckingについて。
あるいは、事実に反することや裏の取れない曖昧なことを公衆の面前で発言できる人について。
根拠の有無や整合性にまったく左右されない有権者について。

は。
結局、「言語」と「言語を使う人々」のことしか考えてないのか。
とほほ。

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