「文学」

「Literature」と「文学」について。

「ノーベル文学賞に歌手ってどうなの?」という意見があるらしい。

ま、まずは「歌手」として選ばれたわけではなく、「songwriter」としてであることは押さえておくとして。
「nobel prize」「singer」で検索すると、1978年の、しかもよりによって文学賞の受賞者であるIsaac Bashevis Singer(参照)が出てきちゃうんだけど、それもさておき。
確かに、一般の人が考える「文学」からすると違和感が大きいだろうなぁと思う。

アメリカでも、たとえばNYTは「”Literature”の線引に一石を投じる」という論調で記事を載せている(参照)。
「人々の本離れがいよいよ浮き彫りに」というものも見つかる。(参照
そこに掲載されているツイートをはじめ、「作家を差し置いて」など、しっくり行かない気持ちの人がいるのは間違いないが、「文学賞にあるまじき」というタイプのものは、ざっと見る限り見当たらない。

Nobel laureates in Literatureの公式サイトには「豆知識」的なページがあって、これまでに選ばれた人たちの作品ジャンルと受賞者数が載っている。(参照
それによると、Drama (14)、History (2)、Philosophy/Essay writing (3)、Poetry (33)、Prose (77)。
2000年代の受賞は圧倒的にProseが多いので、これが現代の一般人が持つ「ノーベル文学賞」のイメージに影響を与えているのだろう。
今回のBob Dylanはこの5ジャンルのどこに入るのか、はたまた新たにジャンルを立てて、その第一号ってことになるのかしらね。

で、だよ。
“Literature”にはDrama、History、Philosophy/Essay writing、Poetry、Proseが含まれていることを押さえた上で。
「文学」には戯曲、歴史、哲学/エッセイ、詩、散文が含まれているか。
いや、たぶん「文学」の専門家に言わせれば含まれているんだろうけど、一般的には「文学イコール小説」みたいなイメージが強いんじゃないかな。
「詩は文じゃないから文学じゃない」という主張があるかどうかは知らないけど、日本語限定ならそういう考え方もアリっちゃあアリな気がする。
が、あいにくノーベル賞は日本のものじゃないので、日本のご当地ルールは適用されないのだよ。

とはいえ、いまさら”Literature”の日本語訳を変更するわけにはいかないし。
これを機に、ひとまず「詩も文学なのね」と納得してもらうってことで。
それから「では歌詞は詩なのか?」って考えてもらうと、たとえば今回のニュースに対して「SongwritingがLiterature?」とモヤモヤしている一部の人と話が合うようになるかもしれない。
「ノーベル文学賞に歌手ってどうなの?」「文学賞なんだから文学の人にあげるべき」じゃ、まぁなんというか、話にならない。

ついでに、ノーベルさん自身が詩人で、だからノーベル賞をつくるときに “Literature”を入れたってところも押さえておこう。(参照
「そもそも化学者の賞なんだから文学は関係ないじゃん」と言っている人もいるみたいだが、これもまた日本(語)の「化学者」のイメージが固定されすぎている表れのような気がするな。
私がアメリカで出会う化学者たちは、日本語でいうところのいわゆる“文系”の分野にも明るい場合が多い。
日本の化学者のみなさん、がんばってください。

さらについでが許されるなら、「songwriter」の「song」も、日本語では「歌」に限定されていて、歌詞とメロディーが一体になって歌手などが歌うアレに決まってしまっているが、英語の「song」はそうじゃないことを付け加えておこう。
それ以上については、各自で辞書などを当たってください。

ノーベル賞に該当する分野のうち、「平和賞」と並んで「文学賞」は、わりと「それならわかる!」と思われやすいせいかもしれないな。
そのうえ、「聞いたことある!」「レコード持ってた!」となると、グッと身近に感じられて、で、一言いいやすくなるんだろうな。
これも、「自転車置き場」(参照)かな。
単なる思いつきを即座に拡散するための手段もあるしね。

ノーベル賞受賞者を身近に感じられるような大胆さが、私には絶望的に足りない。

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