A killer question

妹弟子SのDissertation defense(博士号取得の最終発表)にて。


発表も質疑応答も無難にこなし、Sは見事、博士号を取得。
おめでたい。

それはいいんだけど。

アメリカで中国語を教える台湾人のS。
その研究テーマのせいか、オーディエンスには中国人がたくさんいた。
ま、最終発表はオープンな場なので、誰が見に来てもおかしくはないんだけど、学部生なのか、親戚なのかお友達なのかわからないけど、研究とあまり縁のなさそうな人たちが誘い合って集う、というものでもない気がするので、なんとなく不思議な雰囲気になっていた。
私たち“身内”はむしろアウェイな気分だし、ここは中国?って感じだった。

実は今学期、うちの師匠のもとには中国から3人のvisiting scholar(客員研究員?)が来ている。
今学期は師匠がらみのイベントが目白押しなので、なにかと同席する機会が多いのだが、彼らはいつも彼ら同士で固まっているので、私たちと個人的に話すことはほとんどない。
が、議論になるととても積極的。
はりきってるんでしょうな。
ただ、いかんせんアメリカのアカデミア育ちじゃないので、その積極性の表し方や質問の方向性、やり取りの間などが、私の感じる限り、かなり浮いていて、ちょっと微妙な空気を作る。
でも彼らは全然気にしていない。
あのハートの強さは見習うべきか、見習わなくていいのか、考え中。

師匠の弟子の研究、しかも中国語教育についてとなれば、彼らが黙っているはずがない。
案の定、質疑応答に入るとさっそく発言を始めた。

1人目の女性のVSは、いつも最初に質問をする人。
独特のお世辞を並べて、師匠に「中国流の前置きはいいから、本題に入れ」と遮られるのも、もうお馴染みとなった。
で、なんだったか早口で質問をして、「それが1つめの質問で、2つめは…」となったところでSが「待って待って。1つずつお答えします」と遮った。

で、それが終わって、2人目は男性のVS。
彼の質問は短かったが、なんというか、それを言ったら身もフタもないと言うか、答えようのない質問だった。
研究をしたことがない人でも、研究内容を聞かなくても、誰でも、どんな研究に対してでも聞ける質問で、それに対してどう答えようと、ツッコミどころが残る、汎用性の高すぎる質問。
答えが知りたくて聞いてるんじゃないんだろうなぁ。

Sは部分的に絞って答えたりしていたが、質問者はそれを遮るようにして、かぶせてくる。
質問の意図を聞き返せば、同じ質問を繰り返す。
これが中国流なのか、彼の個性なのかは判断できないが、少なくともアメリカの学会では見ないやり取り。

論文審査委員の1人である、アメリカ人で中国語を教えるH教授が大きな声を出した。
「Sir、あなたの質問は不明確ですよ。」
会場、しーん。
中国文化をよく知る、アメリカ人の学者だからこその対応かもしれない。

それから師匠が口を開いた。
「長年研究をやってきて、本も論文も山ほど出版してきたが、今の質問に対し、私が答えられるようになったのは、おそらくここ5年ほどのことだ。
まだ研究の入口にいるこのcandidate が答えられるような質問ではない。」
しーん。

そして私はひそかに感動していた。
涙が出てしまった。
「んもー」ってなることはいろいろあるけど、この人が師匠で、私は本当に良かったと思う。

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