代数

「代数」か!
それだ!

「英語科」について書いた記事(参照)にsaitohmさんという方がコメントをくださった。
ご自身の体験から、私がぼんやり考えたことを裏付ける証拠・証言を提供してくださったのだ。
「英語科」出身者が「英語科圏」の外で実際に経験した困難や気持ちを語ってもらったうえに、その「英語科」出身者が、何かのきっかけで(saitohmさんの場合は「ロシア語科」じゃない「ロシア語」の学習を通じて)のちに気づきを得て、言語学習に対する見方・考え方が変わり、言語に対する新たな知見を得ることがある、という実例を示してもらった。

言語コーチとして大きな励みになる。
学習者のみなさん、がんばろうね。

そのコメントの中にあったこの表現。
「英語を代数の一種として対処しようという学習戦略」。
ずきゅーん。
そうだ。これだ。間違いない。

たとえば職場に英語母語話者が多く、業務上、英語を使わざるを得ない学習者。
あるいは研究論文や学会発表を英語でやらなきゃならない学習者。
もともと英語が得意ではなく、もちろん好きでもなく、できることなら英語は避けて通りたいがそうもいかない、という事情がある学習者。

彼らの学習を観察してきた経験から、彼らの頭の中には、なんらかの道具が備わっていて、その道具は長年にわたって自分が使いやすいようにカスタマイズが重ねられており、学習者自身もその道具を使う技術を高めていると感じていた。
道具そのものも、使い手の技術も、より高速、より正確になるべく進化してる感じ。
「英語科」の記事を書いたとき、そのイメージが念頭にあったのだがうまく説明できなくて、苦し紛れに「特殊なフィルター」とか「独自加工」とかにしといたんだよね。

「代数」かぁ。
そんな“理系”な語は私のボキャブラリーになかったよ。
でも、言われてみれば、そうだ。
こう見えても私は小学生までは公文でブイブイ言わせていたから(参照)、あの、スポスポ入れてスイスイ解ける快感がわかるのだ。
さらに、「もっと速く、もっと正確に」と工夫して、思ったとおりの高速で正解にたどり着いたときの自己満足に浸る感覚もわかる。

そして「代数」は受験という関門に向けて「戦略」として磨かれ、学習者の中で確立する。
この戦略は「英語科圏」では最大の効果を発揮するので、試験で高得点をとったり、受験を見事パスしたりしたりするのに大いに役立つ。
こうした報酬/成功体験によって、この戦略は正当化され、学習者の脳にhardwire されていく。
だから「英語科圏」の外でもこの戦略に頼るし、やや強引にでも使い続ける。
不具合があれば「代数」に修正を加えて乗り切るので「そもそもこの戦略ってどうなの?」と疑問に思う機会がない。

学習者は悪くない。
自分で編み出した方法が機能したら、それがうれしくて、手放せなくなるのは当たり前。
一方、学習を指導する側がこのことに無知なのは重大な問題である。
たとえば自分の担当する学習者が「英語科」に偏りはじめても、そのことに気づかず、軌道修正してあげることができないし、なんなら教える側が自らの保身や怠慢のために学習者を「英語科圏内」に留まるよう奨励して、自分の受け持つ期間や受験が終わった後に学習者がどうなろうと知ったこっちゃない、という態度をとる場合もある。

これについて、私の立場から考えたのは2つ。
1つは、英語教育研究における「英語科」のこと。
もう1つは、「英語科」に巻き込まれる学習者のこと。

まずは「英語教育研究における『英語科』」。
私が「英語科」の存在に気づいたのは2016年1月。
いちおう私は長きに渡り、日本の英語教育や日本人学習者を“平均”よりよく見てきたつもりだが、そのときまで気づかなかったぐらいなので、「英語科」と「英語」の違いはかなり認識しにくいのだと思う。
「“実用”英語」などの名称や「学校英語は使えない!」の類の主張はその違いをなんとなく感じていることを示唆してはいるが、学習者はもちろん、教育者や研究者もきちんと認識するには至っていない。
いわゆる“小学校英語”や“オールイングリッシュ”の議論があんなに時間やお金や労力をふんだんにかけていて、“中の人たち”もそれなりに真面目に考えているのにいまいち進展しないし出口も見えてこないのは「英語科」と「英語」に違いがあり、「英語科圏内で英語科をマスターすること」と「英語圏で英語を使うこと」に違いがある、という認識が欠けているせいかもしれないとさえ思う。

日本以外の近隣国でも「英語科」が発達している様子はあるし、他の「英語科圏内」でも「英語科」と英語の混同は起きているのだろうと思う。
各国の「英語科」出身者の困難にも共通性があると思う。

ただ、これが問題視され、研究の対象になることは少ない。
考えられる理由は
1.「英語科圏内」では問題になりえない。「英語科」に長けることはむしろいいことと考えられているし、本人たちは「英語」をやっているつもりでいる。
2.「英語科圏内」から英語圏に出る人はもともと「英語科」育ちでない人が多い。
3.「英語科」出身者も、英語圏に入ると「英語科」を卒業して英語使用者に転じることが多い。
4. 第二言語環境では「英語科」だろうと何だろうとある程度以上の英語が使えれば、それでOKになりやすい。
5. 英語教育研究の全体的な流れとして非母語話者らしさに価値を認める方向へ動いてきている。

※ここでいう「英語圏」は母語話者を中心とした言語コミュニティのことであって、公用語による区分など地図上で示すことができる概念ではありません。
このタイプの「英語圏」はもちろん日本国内にも存在していますし、逆にアメリカで「英語科圏」を形成することも理論上は可能です。

…というわけで、たとえば日本のように「英語科」出身者が多い場所では多すぎて注目されず、アメリカのように第二言語話者が多く、英語教育研究が進んでいる場所では「英語科」が観察される機会が少なすぎるため、議題に挙がってこない。
日本人学習者本人が気にするほど周りは気にしていなかったり興味がなかったり。

しかし、上述のように「英語科」問題を抱える学習者は実在し、「英語科圏内」で「英語科」の認識を高めることに意義がありそうなのは事実。
「英語科」の定義が通用しそうな東アジアあたりの共同研究でなんかやったらいいじゃん、と思う。

2つめは「『英語科』に巻き込まれる学習者」について。

以前から何度も書いているとおり、日本人英語学習者は英語教育のシステムや指導法や教材が改善されるのをじっと待っていてはダメ。
お上や学校は心配だけど、とりあえず自らが変わって学習者として自立することが大事。
今回のネタで言うなら、「英語科」問題があるのはしょうがないし、それは後々どなたかエライ人にどうにかしてもらうとして、学習者であるあなたは、そんなこと気にしてないで、とっとと「英語科」の「お勉強」から足を洗って「英語」の「学習」を始めたほうがいいよ、ってこと。

「英語科」育ちの学習者のみなさん。
テストで褒められたのも、受験がうまく行ったのもよかったね。
「英語科圏」で身につけた知識は英語圏でもかなり使えます。
特に文法は「英語科」の強み。
でも、英語圏では「英語科」での成功体験があなたの英語学習の妨げになることがあります。

いつまでも「英語科」に頼っているといずれどこかで壁にぶち当たる。
当たらないように「英語科圏内」だけで生きていく手もあるし、当たってから切り替えることもできなくはないけど、早いうちに「英語科」を脱しておくと、いいことがいろいろあるよ。
もし「代数」という戦略に心当たりがあったら、そのまま戦略に磨きをかけまくる道へ突進していく前に、「英語科」じゃないことをやっている人にちょっと相談してみてほしいなぁ。
「英語科」の人は口をそろえて「今のままでいい」「変わる必要はない」と言うだろうけど、「本当かな?」と、ちょっと考えてみてほしい。

「英語科」を推奨しているみなさん。
「英語科」は比較的教えやすく、白黒つけやすく、習熟度を数値化しやすく、評価も簡単なので使いやすいですよね。
学習者を「英語科」の枠内に留めておけば授業の準備はラクチンだし、すべては想定内に収まるし、教室における地位が揺らぐこともないので安心ですよね。
「英語科」の教材は作りやすく、ごまかしが利きやすく、学習者の不安をあおるのにも便利だから、商売としても有望ですよね。
でも、そのやり方では、あなたの元を巣立っていった学習者が、後々、辛い目に遭うことがあります。

あなたが「英語科」に留まっているのは自由です。
でもそのために大事な学習者を巻き込まないでください。
その自由を謳歌するために、学習者を利用しないでください。

「代数」への2件のフィードバック

  1. 置かれている状況について正確に汲み取っていただいたようで嬉しいです.

    ところで,最後に「英語科」圏内に留めようとしている教育者たちの話題が
    書かれていますが,教育現場では今でもそのような問題があるのでしょうか.
    90年代以降,教授法はコミュニカティブなものに移って行っていったようなので,
    若い人はパフォーマンスはともかく出てくる英語は自然なのだろうと思っていた
    ので,疑問に思ったのです.

  2. >教授法はコミュニカティブなものに移って…

    「コミュニカティブ」が何を意味するかが問題ですが、とりあえずそのように聞いています。それはともかく、日本の大学生が英語で会話する様子を観察したり、高校で英語を教える先生方のお話を聞いたり、大学入試をチラ見したり、本屋さんで教材を立ち読みしたりする限り、「英語科」の支持者はまだかなりいらっしゃるような気がしています。

    よろしければ、こちらもどうぞ。
    受験英語と受験後英語

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