Letter

ある銀行の案内状を通して見る、日本の英語。

私が日本で長年使っていたアメリカ系の銀行が日本の個人向け事業から手を引いたため、私の口座はある日本の銀行へと引き継がれた。

もちろんそれに伴って、いろんなことが大幅に変更されたのだろうけど、そのほとんどに私は興味がない。
この口座自体、あまり使い道がなさそうなので、統合が決まった時点で閉じてしまっても構わないくらい、どうでもいいことだった。

ただ、様子見で残しておいたおかげで、思いがけずおもしろいものと出会うことになった。
銀行から届くLetter(案内状)のキャラが、統合後、明らかに変わったのだ。

以前の案内状は、アメリカ人が使う普通の英語と、それを日本人が訳したと思われるさっぱりめの日本語の2言語で書かれていた。
しかし、今回届いた案内状は、日本の客商売で見かけるとっても丁寧な日本語と、それを日本人が頑張って訳したと思われる“英語”の2言語で書かれていた。
つまり、以前の案内状は2言語のキャラがほぼ同じだったが、新しくなった案内状は2言語のキャラがまったく違う。

あぁ。
統合とはこういうことなんだなぁと思った。

以前の案内状には、日本語をまったく知らない人でも内容が理解できるような言語(=英語)が使われていたが、統合によって、それはなくなった。
この一見英語に見えるアルファベットの並びは、日本語や日本文化をある程度以上知っていないと、読んでも理解できない。
我慢して読み進んで、ときどき立ち止まって、英語に“翻訳”するという手間がかかる。

試しに日本語をまったく知らないアメリカ人の友人たちに、新しくなったLetter を見せてみた。
反応は「Interesting」「Funny」から「Painful」まで。
ライターの友人Jは昔こういうLetter の校正をしていたらしく、
「そうそう、こういうのね。
最初は何のこっちゃか、さっぱりわかんないのよ。
ここからワケがわかる文章に直すまで、結構かかるのよー」
とか言って懐かしがっていた。

サービスとして考えると、日本語を読めない顧客が不利になったってことだよな。
ま、それが撤退なり統合の意味だと言ってしまえばそれまでのことなんだけどさ。
銀行側にその自覚はあるのかなぁ。
時間価値の高い顧客を相手に余計な負担をかけるというようなことを、賢い企業は普通しない。

「アルファベットが並んでいるだけ、ありがたいと思え」とか
「日本に住んでるんだから、これくらい我慢して読め」とか
「わかりにくいところは自分で英語に翻訳して理解しろ」とか
まさかそんな態度の表れではないだろうしね。
もしそうだとしたら、日本語の丁寧キャラとかけ離れすぎる。
“お客様は神様”の文化からもかけ離れすぎる。

また、これに限っては「デザインだからいいんです」という伝家の宝刀も使えない。
英語話者に読んでもらうつもりで書いている。

じゃ、どういうことか。

おそらくは、アメリカ系が日本系になって、会社内の文化がアメリカ文化から日本文化になって、外国人顧客向けの言語として英語が廃止され、代わりに“日本風英語”が採用された、ということなんだろう。
たとえばこのLetter に関して言えば、英語のLetter を書く仕事を担当する人に求められる能力の基準が変わったのだろう。
以前はアメリカの基準で母語または共通語としての英語を使って、業務上ふさわしいレベルの文章を書ける人が担当していたが、改変に伴って、日本の基準で外国語としての英語が上手そうな人が担当することになったのだろう。
そして、できあがった文章の内容をチェックする人がいなくなったか、あるいはこの不思議な“英語”が合格するシステムが新たにできて、無事、顧客の手元に届くようになったのだろう。

というか、統合先である日本系の銀行では以前からこの基準とシステムでやっていて、特に問題が生じていないんだろう。
「今までも外国人の顧客と問題なくやってきてますから、アメリカ系から流れてきたお客さんも大丈夫ですよ」ってな感じで、自信満々なのかもね。

つまり、このLetter のキャラ変更について銀行側に変更したつもりはなく、彼らはおそらく今も変更に気づいておらず、ただ単に日本流丁寧を英語でもやろうとして、おかしなことになっただけ、というのが推理として妥当なところだろう。

そういう“てへぺろ”な面を「かわいいなぁ」と思ってくれる外国人は残り、大人として、今後の付き合いに不安を覚える外国人は去っていくのだろう。
ま、しょうがないか。
今の日本の英語教育はとりあえずこのLetterの書き手のような“英語”の使い手を増やすことに注力してるようだしね。

グローバル、グローバル。

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